平穏な愛の落ち着く場所
3.
日が上る前、千紗は自分を包み込む温かな腕の中で目を覚ました。
満ち足りた睡眠に頬を緩めていると、
ハッと娘が一人で眠れた事に気づいて、驚き
と共にこの上なく幸せな気持ちになった。
あの娘はまたひとつ成長したわ。
そっとベッドを下りようとすると、寝ていたかと思った力強い腕に引き戻される。
『どこへいく?』
『紗綾が起きる前に戻らないと』
『あの娘はいつおまえのママになった?』
瞳を閉じたまま彼は笑っている。
『もう、面白がらないで、
あの娘がここへきたらどうするのよ』
起き上がって頬を赤らめて照れる彼女を
片目で見て、崇のイタズラ心が芽生えた。
彼女に続いて、そっと起きる。
静かにドアを開け、部屋を出ようとする彼女をすぐ後ろで呼び止めた。
『千紗』
『え?』
振り向いた彼女の顎を掴むと
千紗は火傷をしたかのように飛び退く。
『馬鹿なことはやめて』
『馬鹿なこととは?』
ジリジリと距離を詰めると
信じられないと訴える瞳が潤んでいく。
からかうつもりだったが、本気になりそうだ。
『た、崇さん……』
唇を重ねようとした、その時……
『たかしゃん、ままがすきなの?』
いつの間にか小首をかしげたクインと同じ仕草で見る紗綾がそこにいて、今度は崇が驚いて飛び上がった。
『なっ!!』
『紗綾、ちっ違うのよ!あのね……』
眠気が一気に吹き飛んだ。
ここは失敗が許されない。
『千紗、朝食の支度をしてくれ』
真っ赤な顔でこの場を取り繕おうと
あたふたする千紗に、冷静に言う。
『で、でも……』
多くを語らずとも、言いたいことを察して
くれる彼女が不安げな瞳で俺を見る。
『いいから』
力強くうなずくと、唇を結んだ彼女は
諦めたようにキッチンへ向かった。