平穏な愛の落ち着く場所


千紗がキッチンへ消えると、
崇は紗綾を抱き上げて、リビングのソファーに座り、そのまま膝の上に乗せた。

テトテトついてきたクインが足元でうずくまる。

『だいじなおはなし?』

崇は苦笑いした。

勘のいい娘だ。

くそっ、タバコが吸いたい!

崇は深く息を吸い込んだ。


『俺がママを好きだと嫌か?』

小さな頭が左右に振られ、ふぅーと
思わず安堵の長い息が口から漏れた。

『でも……』

ぎゅっと握られた小さな手に、身体が再び
緊張する。

『たかしゃんはほんとにいばりんぼなの?』

真剣な眼差しを向けられ、初めて会った時と
同様にこの娘に嘘や誤魔化しをしたくないと
思った。

『そうなる時もあると思う』

正直に答えた。

『そしたら、おとうさまみたいに
 ままをなかせる?』

崇は拳を強く握ることで、怒りと胸の
苦しさを何とか抑え込んだ。

『そうだな……時々、馬鹿なことをして
 ママを困らせてしまうかもしれないが
 悲しませる事はしたくないと思ってる』

崇の返答に紗綾は首を振った。

『ままがかなしいのはいや』

崇はたまらず紗綾を抱きしめた。

『俺も嫌だ。できるだけ泣かせないし
 もしママを泣かせてしまっても
 ちゃんと謝って仲直りするよ』

『わかった』

『ママを好きになってもいいか?』

『うん……あのね……』

『ん?どうした?』

『たかしゃんは
 さあやのこともすきになってくれる?』

まいった……

降参だ……

崇は開きかけた口を一旦閉じて
生涯知ることはなかったかもしれない感情に
心を震わせた。

首にしがみつく小さな手をほどくと
崇は誰も見たこともない優しい笑顔で
紗綾と瞳を合わせた。

『もう大好きだ』

紗綾の顔が満面の笑みになる。

『さあやもだいすき』

『ワンッ!!』

紗綾の元気な声に反応してクインが鳴いた。

そのやり取りを見ていた千紗は
溢れる涙を堪えることが出来なかった。


こんなことが……

こんなことがあるなんて……

彼は私が思っていた何百も、何千倍も
素敵な父親になれる人だったんだ。

『あっ、まま!!』

紗綾は崇の膝から飛び降りて
千紗に駆け寄った。

『ままだいじょうぶ?
 どうしたの?どこかいたいの?』

千紗は溢れる感情にうまく言葉を
言うことができず、笑って首を振ることしか
出来ない。

『大丈夫だ、ママは悲しんでない』

『ほんとう?』

千紗は笑ってうなずいた。

『ありがとう』

千紗は躊躇わず崇の胸に抱きついた。

崇は紗綾とクインも抱き寄せながら、
心の底から沸き上がるものを感じていた。

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