平穏な愛の落ち着く場所


少し残業をしたせいで、お迎えの時間が遅くなってしまった。

千紗は早足で保育園へ向かっている。

えっと、正確には無駄話のせいで残業をする
はめになった、だわ。

どこでどうやって情報を得ているのか、和田さんには隠し事ができない。

しかもぺらぺらと喋る私……

紗綾、待ちくたびれてるかしら?

『それはないか』

千紗は警備員さんにカードを見せながら
独り言を言って苦笑いした。

大抵は家が一番最後だし。
しかも紗綾にとっては、それが先生を独占できる時間なので、たまに早くお迎えに行くと文句をいわれる始末。

ちょっぴり複雑。

静まり返った下駄箱の前で、
担任の若林まり先生が千紗を見て、
おやっと首をかしげながら出てきてくれた。

『紗綾ちゃんならつい先ほどお父様と
 帰りましたよ?』

『えっ!!』

まり先生の言葉に耳を疑った千紗は
大きな声を出してしまった。

『紗綾ちゃんママ?!』

当のまり先生も当惑している。

今朝、家を出る時も会社にいる間も
お迎えに行くなんて一言も聞いてない。

しかも、なんですって?!

『父親って言ったんですか?あの人!』

『はい』

まり先生は笑顔でうなずいた。

まったく何を考えているのかしら?

確かに一緒に暮らす事には同意をしたけれど
プロポーズされたつもりはないわ。

え、待って。

あれってもしかしてそういう事だったの?

いやいや、それはないでしょう?
だけどどうなのかしら?

考えてみたら私、プロポーズされたことって
ないんだわ。
野口の時は、結婚が決定事項だったから。

あれ?嘘っ!
今朝の紗綾との話はそういうこと?

『ええーっ』

赤くなったかと思えば難しい顔をしたりして百面相をする千紗に、まり先生は瞳をパチパチさせた。

『あのぉ……野口さん?』

『あっ!!やだ、すみません!
 聞いてなかったもので』

そうよ、勝手にお迎えなんて
どういうつもりかしら?

何だかずいぶん暴走してない?

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