平穏な愛の落ち着く場所


『そうですか。今日お会いしてみて、私
 紗綾ちゃんはお母さんにそっくりだと思っ
 ていましたが、ああして見ると眉の形とか
 パーツはお父さんにも似ていますね』

『えっ?まり先生、彼と紗綾は……』

血の繋がりは……と言おうとして、突然頭を鈍器で撲られた様な衝撃が走った。

『紗綾ちゃんが器用でハサミ使いが上手だと
 お話したら、自分に似たのだろうって、
 嬉しそうでしたよ』

千紗の口からヒュっと声にならない短い息がこぼれた。

嘘よ……
そんなはずはない……
そんな!!

『先生、紗綾は彼を…その男の人のことを
 なんて呼びました?』

もちろん、たかしゃんよね

そうに決まってる

そうだと言って!!

『お父さまって、呼んでましたよ、
 とても優しそうなお父さんですね』


『そんな……』

『お医者様でいらっしゃるんですよね、
 お父さんの前だと、紗綾ちゃんとっても
 お行儀がいいんですね』

『やめて……』


どうしよう

どうしよう

どうしよう


『えっ?!野口さん?!』

へなへなと座り込む千紗にまり先生が
顔色を変えた。

『もしかして……嘘っ…保護者証は持ってい
 らしたし……』

『どうかしました?』

通りがかった園長先生が、ただならぬ様子を感じてまり先生に声をかけた。

『今日は紗綾ちゃんのお迎えにお父様が…』

『なんてこと!あなた担任なのにどうして
 そんな事をしたの!』

『えっ?!』

『紗綾ちゃんの引き取り人から、お父様は
 外されたと少し前に伝えたはずですよ!』

園長先生の剣幕にまり先生は、事の次第をようやく飲み込んだ。

『そんな!!あぁ…だから紗綾ちゃん……』

何かを訴えるような瞳を思い出して、まり先生は震えだした。


『電話!電話を……野口に……』

千紗は園庭に座りこんだまま震える手で鞄から携帯を取り出した。

会いたくないばかりに、保護者証を取り返さなかったのが間違いだった!

今までだって一度もなかったから、ここへ来ることはないと、たかをくくってしまっていたのも大きな間違いだったのよ!!

『あの……あの……』

まり先生がはっと振り向くと、そこには今年新任で入ったばかりの副担任のすみか先生が青い顔をして、今にも泣き出しそうな顔でおろおろしていた。

『わ、わた…し、お休みされてた先生に
 伝えるのを忘れて……すみません!』

言った途端にわぁーっと泣き出した。

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