平穏な愛の落ち着く場所
『もう少しだ』
点々と並んでいた土産物屋の道が、木々が並ぶ避暑地の風景に変わってきた。
昔は別荘だけだったこの辺りも、最近ではリタイア後の終の住みかにする人や、新幹線の発達によりここから都心へ通う人も増えて住宅地に変わりつつある。
右にハンドルをきると、明かりのついた生活のある家々が見えてきた。
崇はスピードを落とした。
千紗はふと、後方を振り返った。
タクシーできていたニールさん達は、車をとって後から追いかけると言っていた。
『裁判はしなくてもよさそう』
親権については問題なさそうだ。
新たな取り決めや野口の義母の事も、南原さんが悪いようにはしないと約束してくれたし
、あのニールさんに任せれば心配いらないのだと思う。
『当たり前だ』
『ニールさんに弁護士費用お支払しないと』
『必要ない』
『そんな訳にはいかないわ』
南原さんの態度を見れば、彼がとても優秀な弁護士なんだとすぐにわかった。
あの南原さんがあっさり譲歩するなんて。
と、言うことは費用が恐ろしく高いはず……
『おまえ……』
誰も通らない横断歩道の信号が赤になって
停車すると、崇はサッと隣を向き眉間にシワを寄せて目を細めた。
『な、なに?』
『また使い方を教えてるつもりか?』
『え?』
本気で瞳を丸くする千紗を見て、崇は軽く
ため息をついた。
『なんでもない』
信号が変わって車をスタートさせる。
『ニールは会社だけでなく、個人的に俺の
弁護士としても契約しているんだ。
だから、費用の心配はいらない』
『個人的に?』
『ああ。昔、話したと思うが俺は加嶋家では
複雑な立場だし、母親の会社の権利も色々
絡んでて、その辺の面倒な事を任せてるか
ら年間契約で弁護料を払っている』
『でも……』
『千紗』
その声色を聞いて、千紗は彼が前を向いているのをいいことに、口を尖らせる。
重ねていた手が離れて、鼻をつままれた。
『ちょっと!』
『いいか、俺はおまえたちを愛してるんだ
だから、これは俺の問題でもある。
よって俺の弁護士に法的な解決を頼んだ、
これでもまだ何か言うことがあるか?』
膝の上に彼の手が掌を向けて乗せられた。
『……ありません』
自分の手を上からしっかり重ね合わせた。
まったく、あれだけもったいぶってたくせに
ずいぶん効果的に使える様になったこと。
千紗は赤い顔を隠すように、窓の外に顔を向けた。