平穏な愛の落ち着く場所


『ニールになんて俺の車を運転させるかよ
 おまえら廊下でうるさい!』

ガチャっと扉が開いて崇が出てきた。

『たかしゃん!!』

喜んで抱きつこうとした紗綾だったが、
崇の前でぴたっと止まった。

『ん?どうした?』

崇は屈んで視線をあわせると、ぎょっとした。

可愛い瞳から涙がこぼれそうになっている。

『いたい?』

大丈夫だと答える前に、紗綾が包帯の上からそっと傷口をさすった。

『いたいの、いたいの、わるいことするひと
 のところにとんでけー』

崇は胸がいっぱいになった。

こんなおまじない、子供の頃ですら誰にもしてもらった記憶がない。

『いたくなくなった?』

『ああ、すごくよくなったよ』

気をゆるめたら力一杯抱きしめてしまいそうで、もう片方の手で慎重に抱き寄せた。

首に巻き付く紗綾からは、やっぱり子供らしい香りがして、その柔らかな温かさに、今日一日の疲れも痛みもすべて癒されていく。

『大丈夫?』

紗綾を抱き取りながら、娘と同じ心配そうな瞳の千紗にうなずいた。

『車の運転くらいどうってことない
 蒼真が大袈裟なんだよ』

『小学校以来、おまえがやられる所を初めて
 見たから動揺したんだよ』

はあ?という顔で崇が蒼真を睨んだ。

『やられてねーし、つうか、小学校のも
 勇斗の負けだから』

『はいはい、そうでした』

投げやりな言い方に崇が瞳を細めた。

『おまえムカツク、おまえなんて紫(ゆかり)
 にしょっちゅう泣かされてたじゃねーか』

歩きだした蒼真の肩がびくっと揺れた。

『はあ?ありえねー誰が妹に?
 おまえ頭も打ったのか?中にもどって
 もう一度見てもらえよ』

『はん、誤魔化すなよ』

不敵に笑う崇に蒼真がむきになって言い返す

『誤魔化してねえし!そう言うおまえは
 小3の時冴子に池につき落とされたよな』

『あれは足が滑ったんだよ!』

いい大人、それも飛びきりのいい男が、
子供みたいな口喧嘩を始めて、千紗は瞳を
白黒させた。

『オーララ!始まったよ……
 さっ、ガキはおいて僕たちは帰ろうね』

千紗の腕にニールの腕がかけられた。

『えっ?ニールさん?』

回れ右してぐいぐい歩き出す。

『あの野蛮人たちはオスの主張を始めると
 ただのガキだから』

『で、でも……』

『下手に歴史があるから色々持ち出して
 長いんだ。今日は二人だからいいけど、
 四人になると朝までああしてるよ』

『ええ?!』

『男ってバカなんだよ』

紗綾に向かってそれは綺麗に微笑むニールさんに、紗綾も大きくうなずいた。

『りょうくんと、しゅうくんがけんかすると
 さあやもそうおもう』

『紗綾?!』

『エレ・ミニョンヌ!君を気に入ったよ!』
  (かわいい!)

ニールが紗綾を高々と抱き上げる。

『ふたりとも、けんかはやめて!
 はやくおうちにかえりますよ』

苦虫を潰したような顔の二人を見て、
ここが病院だと言うことも忘れて
千紗とニールは声を上げて笑い転げた。


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