平穏な愛の落ち着く場所
『なに?』
腕時計やカフスボタンの入っている抽出しを開けて、奥から紺色のベルベットの小さな箱を取り出した。
『響子にこれを渡された時は、アホかって
思ったんだが……』
言いながら開けられたそれは、
ぐるりと一周細かいダイヤモンドが複雑な模様のように囲んであるオープンアーチの指輪
で、中央にスクエアにカットされた大きな
ダイヤが光っている。
『えっと……』
響子ってお母さんよね?
昔付き合っていた頃、その親しげな呼び方にやきもちを妬いたら、母親だと教えられた
すごく年齢不詳でエキゾチックな女性。
お母さん等と呼ぼうものなら、石になってしまいそうな蛇の目で睨まれるぞ!と彼に脅されたんだったわ。
って、そうじゃなくて!
響子さんは世界的に有名な
宝石デザイナーkyoko.Saejima でもある、
冴縞響子さん!
ええーー!!
『おまえを見てデザインしたって言ってた
けど、気に入らないか?』
『まっ、まさか!!』
これ、いくらするのよ?!
って、え?!
私を見て?
お逢いしたのはほんの数回だけなのに……
『私の為にデザインを?』
『おまえの事を気に入ってたんだ。
っていうか、別れたって言った時は
本気で呆れられた』
『そう……』
『これを返せって言ってこなかった辺り、
預言者みたいでムカツクけど……』
そう言いながら左手が持ち上げられた。
まっすぐに見つめられて
ドクドクと心臓が早鐘のように胸を打つ
『俺も返さなかったのは……』
それは薬指にぴったりと嵌まった。
『やっぱりここに嵌めたかったからだ』
キラキラと輝く指に誓うように口づけられた
『おいっ?!』
パチンと何かが弾ける音がして、ストンとその場に座り込んだ。
幸せメーターの針がマックスを振り切って
ショートしたんだと思う。
腰が抜けて、全身がふにゃふにゃする。
『大丈夫か?』
『私、幸せすぎて死んじゃうかも……』
しゃがんだ彼に、放心したまま呟いた。
もう一生分の運を使い果たしたみたい。
『それは困るな』
彼はくくっと笑うと、私を抱き上げた。
そうよ、これ以上幸せになったら
きっとバチが当たるわって思ったのに
『まだこれから、もっともっと
幸せにするつもりだから』
そう言って蕩けるような笑顔で見つめられれば、簡単にこれ以上の記録が破られる。
『私もあなたを幸せしたい』
『そうか……』
ちょっと、考える振りをしたかと思ったら
彼は大股でベッドに向かって歩き、
優しく私を下ろすと、隣から肘をついて見下ろされる。
『あっ……えっ!』
『幸せにしてもらおうかと思ったが?』
長い人指し指がつーっと鎖骨を撫であげた。
『だっダメよ、あの娘が起きちゃう!
夜、紗綾が寝たら……ねっ?
って、そうじゃなくて!
私が言ってる幸せっていうのは……
え?あれっ……崇さん?』
近づいてきた顔は、私の肩の上でふるふると揺れていた。
『…………わざとね?』
こんな時にからかうなんて、もぉ!
『千紗』
『そんな風に呼んでも知らないわ』
そんな甘く包み込むように呼ばれたって
すぐに蕩けてあげないんだから。
『俺はもう幸せだよ』
頬を包む手に促されるように見上げると、
本当に蕩けてしまいそうな甘い瞳に
見つめられて、ぶわっと涙で視界が揺れた。
『おまえがそばにいてくれれば
平穏でいられる、それだけで幸せだ』
低くて甘い彼の囁きが、穏やかな波のように
ゆっくりと身体に流れこんできた。
その寄せてくる波を返すように、
千紗は彼に柔らかく口付けた。
『崇さん、愛してる』
一瞬瞳を見張った彼に、
同じように優しく唇を重ねられた。
『愛してる、千紗』
Fin