平穏な愛の落ち着く場所
『ほらね!あたしの言った通り!』
腕を軽く叩かれて、千紗は飛び上がって
驚いた。
『和田さん!』
『何で断ったの?勿体ないね』
『勿体ないって……』
『まあ、専務と比べたらね』
『まさか!!違いますよ!加嶋専務は何か
勘違いされて……』
『ふんっ』
和田は鼻を鳴らした。
歳をとっても、目はまだ衰えてない。
男があんな熱い瞳で見るのは、
愛しい女だけだって、わかるもんだよ。
この一年、本当の娘のように思ってきた
このお嬢ちゃんには、何かあると思って
いたけれど、まさかあの加嶋崇が
関係しているとは。
『私も勘違いでいいから、あんな
いい男に、連れ去られたいね』
『和田さん、本当に……』
訳知り顔の和田に千紗は困った顔をした。
『知ってるよ、さっきその専務から
勘違いで申し訳ない事をしたって
直々に電話があったからね』
『そっ、そうなんですか?』
まったく、あの高圧的な言い方は
いつまでたっても直らない。
『おや?その様子だと他に何かあるって 言いたそうに見えるよ?』
『何もないです!』
千紗は慌てて首を振った。
『専務は自分が悪かったって謝っていたよ』
和田さんはそう言うと、
《早く仕事に戻るよ!》と前をスタスタ
歩き出した。
ひょっとして、私を迎えに来てくれたの?
彼のフォローと合わせて、千紗の胸に
ふわりと温かいものが落ちてきた。
『それにしても、なんだって、
あんなに慌ててあんたを連れて
行ったんだろうねえ?』
和田の呟きは聞こえない振りをして
千紗は笑顔で横に並んだ。