平穏な愛の落ち着く場所
『久し振りだな』
声を聞いて誰だかわかると、
千紗は笑顔を作ってから顔を上げた。
『元さん』
『紗綾、元気だったか?』
『こんな時間にどうなさったの?』
『せっかく娘の顔を見ようと思ったのに
随分なご挨拶だな』
怒りを含んだ声を聞いて、紗綾が慌てて
千紗から降りて、礼儀正しくお辞儀をした。
『こんばんは、おとうさま』
『いい子だ。
いい子は一人でお家に入っていなさい
ママと大事な話があるんだ』
千紗は歯をくいしばった。
この人は娘の近況を聞くと言う、
ほんの些細な愛情表現すら見せられない。
一言《背が伸びたか?》だけでいいのに。
娘をペットと同じにしか見ていない。
自分に都合のいいときだけ、可愛がる。
それでも、娘にとっては血の繋がった
父親だ。
この子から父親を奪ってはいけない。
千紗はオートロックを解除し
元と共に中に入ると、
エントランスの小さなベンチを指した。
『そこで待ってて下さい』
反論を聞く前に、紗綾を抱えて急いで
部屋のある二階に向かった。