平穏な愛の落ち着く場所


ああ…そんな……どうしよう!!


千紗は本人が気づかない巧妙に仕掛け
られた罠にはまっていた。


『本当にあたしの力不足で申し訳ないね』

和田の顔に苦悩が見えて、千紗は慌てて
首を振った。

『いいんです!
 和田さんが悪い訳ではないのですから』

『あんたの契約は更新されるとばかり
 思っていたんだけどね……』

千紗は自分が契約社員だった事を
すっかり忘れていた。

今朝、和田から話があるので、
早めに出社して欲しいと言われ
契約の更新がされない事を告げられてから
頭の中は真っ白だ。

契約は今月いっぱいで切れてしまう。

『こんなご時世ですもの、仕方ないです』

嘘だ。
仕方ないでは済まされない。
来月からどうやって暮らして行けばいいの?

『大丈夫かい?』

この先、崇に任せれば大丈夫だと
わかっていても、顔面蒼白の彼女を見て
和田の心は痛んだ。

『今日はこれであがってもかまわないよ』

和田が親切心から言ってくれているのは
わかっていても、自分がもう必要ない存在
だと言われているようで、千紗は悲しく
なった。

『あたしが変わってあげられたらねえ……』

和田の言葉に千紗はハッとした。
被害妄想もいいところだわ。
和田さんは、親切で言ってくれているのに。

『まさか!正社員の和田さんと私は
 違いますよ!お言葉に甘えて今日は
 上がらせてもらってもいいですか?』

ほんの少しの時間でいいから、
どこかで思いきり泣きたい。

『有給にしておくから、そうしなさい』

今月いっぱいはきちんと勤めると
約束して職場を出た。


会社を出るまで待てず、
社食の事務室を出ると、そのまま
非常階段の重い扉を開ける。

朝のこんな時間にここを利用する人はいない

僅かな明かりしかない薄暗さと静けさの中
に入ると、千紗はわっと泣き出した。

どうして次から次へと悪い事ばかり……

弁護士費用を工面しなければならないし、
これから紗綾にはお金がかかる

それなのに
仕事を失ってしまうなんて……

早く次を探さなければ……

紗綾の保育所だって仕事をしていなければ
退所させられてしまう。



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