平穏な愛の落ち着く場所
5.
それからしばらくは、何事もない日々が
続いた。
千紗は週に二日、家にきているが、
顔を会わせることはなかったし、
社食に行ったところで、彼女と気軽に
話せるわけがない。
『あーくそっ!』
崇は声に出してモヤモヤした気持ちを
吐き出して、コーヒーを飲んだ。
千紗が用意してくれた豆は、俺好みの
苦味と酸味だ。
ただの偶然か?
別れてから数年たつと言うのに
俺の好みを覚えていたのだろうか?
彼女は他にも俺を覚えているだろうか?
全部覚えていて欲しかった。
俺は忘れていない。
機嫌の良い時に彼女の心地好いソプラノが
口ずさむメロディも、長かった彼女の髪を
サラサラと梳く指の感触も。
何故だ?
彼女を……俺は千紗を……
違う!!
そんなものは、一時のまやかしで
永遠に続くものじゃないと、父親が証明しているじゃないか。
今の義母、哲の母がここ最近毎日のように
所在を確かめ、疑念を回りに当たり散らして
いる。
あんな風に終るのは最も最悪だ。
それに、千紗だって結局の所、
終わりを向かえた訳じゃないか。
ひどく傷ついたのは間違いない。
野口元!
あの男にはいつか報復してやる。
だが、結果は同じだったんだ。
いつか終わりはやってくる。
終わりを向かえなければならないのに
何故、永遠を誓わなければならない?
ちくしょう!!
彼女が欲しい……
千紗は俺のものだとこの手で感じたい
このジレンマの堂々巡りを繰り返すのも
いい加減、うんざりだ!
単なる肉体的な欲求だけの関係ですむなら
とっくにそうしている。
だが、彼女はそれには応じないだろう。
昔とは違うんだ。
『どうしたらいいんだ!』
崇は見つからない答えを求めて、携帯を
掴むと家を飛び出した。