平穏な愛の落ち着く場所
『珍しいな、おまえから呼び出すなんて』
結城蒼真《ゆうきそうま》は、VIPルームの
ソファーに腰を下ろした。
『急に悪かったな、家は大丈夫か?』
崇はボトルの酒を注いで渡した。
『ああ、娘はとっくに寝てるよ』
『そうか』
『んで?どうした?』
グラスに口をつけながら、蒼真は躊躇う
表情の崇を見た。
『いや、やっぱり何でもないんだ』
『そうか』
その態度に崇は安堵と苛立ちを覚えた。
『ちくしょう、蒼真!』
『何だよ!』
『おまえはいつもそうだ』
『何が?』
『おまえは書家なんかにならずに
精神科医にでもなればよかったんだ
結局、俺から全て聞き出そうとしてる』
『はあ?聞きたいなんて思ってないぞ?』
蒼真が本気で言っているからこそ、益々
苛立たしくなる。
『だからだよ!勇斗は何としてでも
聞き出そうとするし、零士は…あいつは
いつの間にか知ってるんだ。だが、
おまえは知ろうとしない。だからつい
自分から話してしまうんだよ』
『なるほど。それをわかっていて俺を
呼び出したなら、さっさと吐けよ』
言われてすぐに話す勇気がなかった崇は
グラスの残りを煽るように飲み干した。
『おまえ、いま幸せか?』
蒼真は思わず盛大に吹き出した。
だが真顔の親友を見て、グラスを置き
姿勢を正した。
『幸せだ』
『それはいつまで続くと思っている?』
『はあ?』
これはただ事ではないぞ。
加嶋崇の口が人生の相談を持ちかけている。
蒼真は次第に空気が緊張していくのを感じていた。
『まさか、
永遠に続くとは思ってないだろ?』
『なんで?』
『思ってるのか?!お前達結婚して
10年近くなるだろ?!』
『だから?思ってたら悪いか?』
崇が何故そんな質問をするのか、
蒼真はふと別の事に思い当たった。
『親父さん、また離婚するのか?』
『ああ、多分な。
だが、親父とは関係ない、おまえの
意見を聞きたいんだ』
『何について?』
『………いだ』
『なに?』
『愛だよ!!』
蒼真は驚きのあまり、今度はソファーから
ずり落ちそうになった。
こいつは本当に加嶋崇だろうか?
正面に座る男の顔をまじまじと見た。
ああ、本物だ。
ぶすっとした顔をしているが、瞳は鋭く
頑固そうな顎は間違いない。
そうなると、こちらも茶化す訳には
いかないな。
『壮大なテーマだな。どう答えたら
おまえの答えになる?』
『わからない』
『らしくないな?』
『俺はたぶん、結婚はしないつもりだ。
むろんお前達のように立場上の必要性が
あればするが、それはお互い割り切った
ものになるだろう』
蒼真の顔が見るからに不機嫌なものに
変わった。
『なるほど。おまえから見ると俺と
夏音《かのん》は仮面夫婦だと言う訳だ。
娘の和奏《わかな》も立場上、仕方なく
作ったと思うんだな』
『まさか!おまえも勇斗も妻に魂を
抜かれてる』
蒼真は顔をしかめた。
勇斗はともかくとして、俺はそこまで
腑抜けじゃないと思うが
親友にはそんな風に写っているのか?
『俺の魂は健全にここにあるし、
なぜおまえがそこまで自分の気持ちを
否定するのか、わからないな』
『否定など……』
『してるさ、崇、回りくどいのはやめて
思いきって何があったのか話してみろよ』
『……………』