平穏な愛の落ち着く場所

2.



本当にどうかしてる……

でも、それでもいいのかもしれない

いっとき頭の痛くなる現実を忘れて
夢の中を漂うのも悪くないかも……


ベッドに下ろされ、あっという間に
服が剥ぎ取られ、覆い被さられた時には
彼も何も身につけてはいなかった。


『千紗』

名前を呼ばれて見上げると、情熱に煙る
懐かしい瞳が私を写している


『途中でやめるつもりはないぞ』


確か初めての時も彼はそう言ったな

そんなことを思い出して千紗は
ふわりと笑った


『あっ……』

まるで記憶を確かめるような彼の動きに
千紗の全てが奪われていく

『どうした?辛くさせてるか?』

コントロールできない感情が
涙となって溢れだした

『違う…の……』

涙が優しく唇で拭われる

『ん?どした?』

五年……五年も経っているのに……

『やめて欲しいか?』

ゆるく首を振ると、彼はごろんと寝返りを
打って、逞しい胸の上に私を引き寄せた。

『……崇さん?』

『長い方がよかった』

パラパラと胸に落ちていく短い髪を
指でときながら彼がつぶやいた。

『この方が楽なの』

小さな子供がいると、お風呂にゆっくり入る
時間がないし、自分に構う時間もないから
仕方がない。

髪を撫でていた手が今度は肩から腕を
撫で下ろし、さらに背中を上下する。

『痩せすぎだ』

『そう…かしら……あっ』

敏感になっている肌が粟立ち、思わず漏れた
甘い吐息に彼がふっと笑う

『本当に子供を産んだのか?』

腰の辺りをさわさわと撫でられて
ビクッと身体が跳ねる。

『ねえ……ホクロ…本当?』

先日キスされる前に言われた肩甲骨の下に
あるって言ってた。

『ここだろ、ほらあった』

『ひゃっん……』

覚えていたの?

ぜんぶ?

『私の身体……忘れられなかった?』

ちょっと茶化すように言ったのに
ぐいっと身体を引き上げられて、
視線を合わされた。

『身体だけじゃない』

『たかし……さん?』

怖いくらい真剣な瞳に間近で見つめられる

『おまえの最後の笑顔は脳ミソに焼きつい
 てる』

千紗は驚いて瞳を大きくする

勇気をかき集めた演技は成功していたのね

『その声も』

『え?』

『この髪の感触も』

『あっ……』

『おまえの全てを忘れられなかった』

千紗の心に嵐のように
新な感情が吹き荒れていく

ああ……どうしよう……

忘れた振りをして一生懸命心の引き出しに
押し込めたのに……

もう一度この人を……

『千紗、俺はおまえを……』

千紗は彼の言葉を最後まで待たずに
自分から唇を重ねた

主導権を握った私のキスに、彼は応えている
だけだったのに、開いた唇に舌を差し入れて
口内で絡み合った途端に、身体が反転した。

忘れていた渇望が呼び覚まされて
彼の手と口に翻弄されていく。

甘くない、激しい欲望のぶつかり合い

全身が敏感に反応し、彼の肩にしがみついた
指の爪が食い込む。

波にさらわれるように千紗は降伏し、
ねだるように腰を押し付けていた。

『千紗…』

掠れた声に瞳を開けると、脚が開かされ
熱く見つめられたまま貫かれた。

彼に奪われる悦びと彼に与えている悦び

忘れていた記憶が全てを思いだし
そして新な悦びに溺れていく……

強く深く侵入され、揺さぶられて
もう限界だと思っていた更に先へと
上り詰めた時、千紗の全てが砕け散った



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