平穏な愛の落ち着く場所
三十分後、
崇はバックミラーに写る紗綾を見た。
自分のした事に驚き、そして戸惑っている。
教えてもらったコインパーキングから
一番近いホームセンターに行き
《それ》を買った。
チャイルドシート!!
安全の為だとはいえ、自分の車に
こんなものをつけるとは夢にも思って
いなかった。
いいさ、この先もこの娘を乗せる事が
あるだろう
そう考えたとき、漠然とした何かが
崇の心の中の柔らかい部分に触れた。
『おなまえは?なににするの?』
『考えてくれないか?』
『いいの?』
『ああ』
『くいん!!』
信じられない事のもうひとつが、
《キャン》と鳴いた。
『本人も気に入ったようだな』
『あなたはくいんよっ』
はじけるような笑い声に、決めてたくせに
という突っ込みを入れたくなって
自然と顔が綻んでくる。
『おじさんは、はすきーに にてるね』
『そうか?』
ハスキーってあの狼みたいな犬のことか?
『うん、ままもいってたよ。
はすきーもかっこいいからすきだよ
でもぺっとやさんでみたことないんだ』
『そうか……』
たぶん俺はこの可愛らしい小悪魔に
魂を抜かれ、頭がどうかしてしまったんだ。
そうでなければ、自分の事で手一杯なのに
黒のラブラドールの仔犬と一緒に
暮らそうなんて、正気の沙汰ではない。
『くくくっ……はははっ』
一日に何度も気のおもむくまま、
衝動的に何かをしたのは生まれて初めてだ。
悪くない……いやそれ以上だ!
崇は久しぶりに心の底から笑っていた。