平穏な愛の落ち着く場所
『紗綾!おかえ……どうしたのっそれ!!』
娘が大事そうに抱えているものを見て
千紗の顔色が変わった。
『くいんだよ!』
暴れる犬が落ちそうになるのを
嬉しそうに持ち上げて見せられた。
『返してきなさい!!』
大きな声に仔犬が震え、紗綾もぎゅっと
瞳を閉じた。
『紗綾、ママお約束したよね?
いつか必ず飼ってあげるけど今は無理だ
から我慢してねって?』
『でもまま!』
『でもはないのよ!!』
雷が落ちたような言い方に、
紗綾は小さな体をさらに小さくして
潤む瞳で千紗に訴える。
『ちがうもん……このこは……』
荷物を抱えた崇が後ろから慌てて
取り成そうとする。
『おいっ、千紗』
『崇さん!この娘を甘やかしたりしないで!
うちは犬を飼う余裕なんかないのよ!!
さっ、返してきましょう!』
キッと崇を睨んで、抵抗する娘から仔犬を
奪おうとした。
『いやあ!!』
『紗綾!!言うこと聞きなさい!』
ガシャン!
荷物を叩きつける音がして
一瞬、その場だけ時が止まった。
『言うことを聞くのはおまえの方だ!!』
崇は千紗を怒鳴り付けて、仔犬を抱く紗綾ごと抱き上げた。
『ちょっ!……えっ……さあや?』
抵抗なく抱かれ、彼の首にしがみつく娘に
千紗はショックで言葉を失う
そして…………
『これは俺の犬だ』
続いた彼の言葉に、頭が真っ白になった。
今日、初対面とは思えない二人を
ただ見つめた。
『この娘は欲しいなんて一言も言ってない』
崇はそのままリビングへ向かった。
『あ……待って……』
『少し頭を冷やせ』
バタンッとドアを閉められて
千紗はショックのあまり、ストンと崩れ
落ちるようにその場に座り込んだ。