平穏な愛の落ち着く場所


開いていたドアの前で中を見て
千紗は、はっと息を飲んだ。

ケージを組み立て犬小屋を作る彼と
音の鳴るおもちゃでじゃれる仔犬。

そして……

一生懸命 仔犬の事を彼に話しかけている
娘に、辛抱強く答えながら作業をしている
彼を見て、千紗の胸はいっぱいになった。


立ち尽くす千紗に紗綾が気づいた。

『まま……』

千紗は駆け寄って、紗綾を抱きしめた。

『ごめんね、ママが悪かったわ』

『いいよ……』

ぎゅっと抱きつかれて、千紗は涙をこらえた
まま、崇を見た。

『ごめんなさい』

『俺は別に……』

言葉を濁す崇に、ううんと軽く首を振る。

『紗綾のお迎えもありがとう』

『ああ』

崇はうなずいた。

『まま!おじさんのおくるまに、さあやの
 いすをつけてもらったの』

弾む紗綾の声に、崇は安堵の笑みを浮かべた

『ええ?!』

『そのおみせでね、くいんをかったんだよ』

千紗は嬉しそうな娘に水を差したくなくて
目をむいて、表情で崇に問いかける。

『なんだかって言う、友達の車を見て
 気づいたんだ』

『しおちゃん!』

『ああ、そうだったな』

『渚《なぎさ》に会ったの?』

『そのしおちゃんの母親の名前がそれなら、
 そうだ。おまえと冴子と大学の時の友達
 だって?』

『ええ、他に何か言ってた?』

『別に』

渚は大学の時に知り合った友人だ。
もちろん、彼氏の話をお互いにしたが、
崇さんの事だと思い出したかしら?

『しおちゃんのままにおしえてもらって
 おおきなおみせにいったんだよねー』

『そうだな、店にはチャイルドシートの
 隣のコーナーに、金魚とカメと……』

ニコッと笑う崇の言葉を引き取るように
紗綾が続ける。

『はむすたーとねこと、くいんがいたの!』

ねぇーっ、と紗綾は満面の笑みで崇を見た。

『そっ、そう……』

たった一、二時間の間に出来上がった
娘と崇の関係に千紗は驚きと戸惑いを感じる

『くいんはね、けーすのおそとにいたんだ』

おや?っと見れば、大型犬の部類だが
仔犬にしては確かに少し大きめだ。

『欲しいのか?と聞いたら、この娘は
 マンションは、変なイントネーションで
 《ペット可》と言って、今は飼えないと
 教えてくれたぞ?』

『あっ…えっと……』

どういう教育をしてるんだ?という眼差し
に、千紗はシドロモドロになる。

『そしたらね、おじさんがかうって』

『ああ、信じられない事にな』

崇はくくくっと本当に楽しそうに
笑って、紗綾のお腹をくすぐった。

きゃっきゃと笑い、彼から逃げるように
抱きついてきた娘。


『くびわ、さあやがえらんだの!
 かわいいでしょ?』


うんうん、と娘にうなずいて、
千紗は込み上げてくる愛しさを精一杯
こらえた。


『よしっ!出来たぞ』

『わーい!!』


この日は結局、翌日が土曜で仕事が休みの
崇と、クインと離れたがらない紗綾の説得に
負けて、マンションに泊まる事になった。

すやすやと眠る娘の顔を見ながら、千紗は
今日一日で起きた、目まぐるしい程の変化を
どう捉えたらいいのか、頭を悩ませた。


また一つ問題を抱えてしまったわ……

手に余る程の大きな問題を……




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