平穏な愛の落ち着く場所
『あーんっもう!それで?』
『それでって?それでおしまいよ。
今の私にはあの人の気まぐれに付き合う程 暇も余裕もないもの』
『バカ言いなさいよ!!
一夜のアバンチュールですむわけないで しょ?紗綾ちゃんまで巻き込んで!』
『そうよお互い いい大人なの、だから…』
『ちょっと!!彼がそう言ったの?!
だったら私がっ』
『待って渚、違うから落ち着いて』
立ち上がった彼女を慌てて押し留めた。
『何が違うのよ?』
『よく考えればわかるでしょ?
私はバツイチそれも子持ちなのよ?』
『はあ?彼がそれを利用して付け込んだ
とでも?!』
『そうじゃないわよ……もう!言わないで!
結婚を後悔なんてしてないわ、
例え失敗だったとしてもよ!
紗綾がいるもの』
『子供を逃げにするの?』
『え?』
『だったら言わせてもらうけど、
紗綾ちゃんに、いい父親が必要だとは
思わない?』
渚の脳裏には、本物の親子に見えた昨日の
二人が浮かんでいた。
大学の頃、何度か見かけた事があるけれど
あんなに優しい眼差しの加嶋崇を見たのは
初めてだ。
あんな視線は恐らく千紗にだって向けたことがないんじゃないかしら?
ちょっと焦った感じでチャイルドシートの事を尋ねた時なんて、無意識に紗綾ちゃんを
護ろうとして、きゅんときたわよ!
自分の事しか考えないあの元アホ亭主とは
月とすっぽん!
『紗綾の父親はのぐ……』
『止めて。
あの男の名前は私の前では禁句って
言ってるでしょ』
『元さん……』
『だから禁句って……え?』
瞳を大きく開いて前方を見つめる千紗の視線を追って、渚もはっと息をのんだ。
『あの男は何しに来たの?……っていうか、
どうしてここを知ってるのよ?!』
『ごめん渚、ちょっとお店まかせていい?』
『いいけど、大丈夫なの?』
『うん、ここから見える所で話すから』
『わかった』
千紗は黒い制服のエプロンを外すことなく、
野口のもとへゆっくりと向かった。