平穏な愛の落ち着く場所
3.
細身の体にブランドスーツが似合う野口は
見かけはスマートなインテリの印象を
与える。
千紗も始めは、病院のロビーで患者さんや
病院スタッフに愛想良くする彼を見て感じのいい人だと勘違いした。
優しくなくんかない
彼の瞳の奥を見ればわかる
今だってほら、
口元は笑っているようだけど、
一重の切れ長の瞳は冷たく私を蔑んでいる。
『調停を有利にする為に、こんな所で働き
だしたのか?
おまえはいつからそんな嫌みな女になった んだ?』
千紗は拳を握りしめた。
どうしてここを知ってるのかなんて尋ねたら
馬鹿にされるに決まってる
この人は人の弱味を見つければ攻撃せずにはいられないんだから
『こんな所までどうしたんですか?』
『手短にすませよう、忙しそうだからな』
渚しかいない店内を見て馬鹿にしたように
言われ、握りしめた拳にさらに力を入れた。
挑発に乗ったらダメ
私が反論するのを待ってるのよ
奥歯をぐっと噛み締めて、言葉を絞り出す。
『ご用件は?』
『千紗』
私の名を呼ぶ無機質な声
崇さんとは響きが違う
とたんに昨日の甘く掠れた声がよみがえり
千紗は赤くなりそうな頬を押さえた
やだ、私ったらこんな時に何を……
さっき渚と話したせいだわ
『いい話があるぞ』
『いい話?』
鸚鵡返しで言って見上げた野口の笑顔に
背中からぞわっと嫌なものがかけ上がった。
『なにかしら?』
『紗綾の事だが、俺が引き取ることにした』
『なっ……』
言われた言葉が理解できなくて、
キーンと耳鳴りがしたかと思ったら、
次いで足元がぐらぐら揺れだした。
あれ?地震?
目が回る……
予期せぬ激しい頭痛の前兆と、吐き気が
一度に襲ってくる。
『名を野口にしておきたいんだろ?
ならば家で育てるのが当然だ』
『やめて、なにを言ってるの』
『心配するな、今度妻になる女はおまえと 違って心優しい女で、調停を知って
そうしようってさ』
『馬鹿な事を言わないで、紗綾は誰にも
渡さない!親権者は私なんだから!!』
『ならば裁判で親権を争うしかないな』