平穏な愛の落ち着く場所



『何をする!!』


はっとしてみると、野口は振り上げた手を
とられ、痛そうに顔を歪めていた。


『えっ!?』


驚いた千紗は言いかけた言葉を飲み込んだ。

野口の腕を掴んでいる和服を着た人物の
強い瞳が何も言うなと言っている。


『離せ!!』


野口は掴まれた手を振りほどこうとして、
相手の力に顔を歪めた。


『この手は公道で女性に何をしていた!』


そう言って彼は千紗を見て、器用にもう片方の手で着物の袖口から携帯を出した。

『警察に連絡しますか?』

警察と聞いて顔色が変わった野口は、
慌てて態度も変えた。

『それには及ばない!これはちょっとした
 話の行き違いからだ、そうだろ?千紗!』

出来れば警察につきだして、一生関わりのない生活ができるならばそうしたい

でもそんなことをして、娘の父親を犯罪者にすることは出来ない


『大丈夫ですから、離してやってください』

『そうですか……』

渋々腕を離したその人は何故か守るように
私の隣に並んだ。


『話はまだ続くのですか?』

その言い方はとても柔らかい物腰なのに、
これ以上を許さないという響きが感じられるから不思議だ。

威厳というかオーラというか……

崇さんや彼のような人には、生まれもった
そういう特別なものが備わっているんだと
思う


『いや、話は済んだ』


野口は吐き捨てるように言って踵を返した。


『ウソっ!待って!』


話は終わってない!

親権争いなんかして紗綾を傷つけるわけにはいかないのよ!


『うるさい!!』


慌てて野口の腕を掴むと、物凄い勢いで振り払われた。

『これから先は南原と話すことだな
 もうお互い顔など見たくもないだろ!』

『南原さん?どうして?』


病院の優秀な顧問弁護士の彼が野口の味方についたの?!

離婚をゴネる野口を何とか説き伏せてくれた南原さんは、私の味方だと思っていた


『いいか、俺は絶対負けないからな!』


『そんな……』


どうしよう……

紗綾がいなくなってしまうの?

そんなの絶対に嫌……

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