B - Half
「でもあたし、ずっとコウヤくんの傍にいますよ。

 あんなヤツいたなあ、みたいな想い出になんて、させませんから。絶対に」

 わかってかそうでないのか、穂波はやけに力強く断言してみせる。

 すとん、となにかが、腑に落ちた気がした。

 もう会えない、『あいつ』の顔。

 いま、勝手にキッチンに入り込んでコーヒーにミルクを投入する穂波の後ろ姿。

 ふたつがぐるりと、輪を描く。

 確かに、俺はいろんなものを失ってきた。

 でも、別に失うばかりだったわけじゃない。

 ――言葉にすると、実に簡単な真理。

 長い長い雨と一緒に降ってきて、暗く澱んでいたものが、少しずつ、晴れていく。

「確かに、不思議かもな」

 簡単な問題なのに、ずっと解けなかったものが解けたみたいな爽快感。

 穂波のたわいもない一言が灰色の雲をはらい、透き通った空を引き寄せる。

 窓の外の雨音が、遠ざかる。
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