ベイビー&ベイビー
「これ、おいしいよ。拓海くん」
「明日香ちゃんにかかれば何でもおいしいでしょ? コンビニ弁当もかなりおいしそうに食べているでしょ?」
「えー、コンビニ弁当もね日々進化してるよ。おいしいよー。でも、やっぱり料亭だよね~。すごくおいしい!」
「それはよかったね。九重の爺さんに感謝しなくちゃね。ここはなかなか僕たちだけじゃ来ることが出来ないぐらいの料亭だしね」
「やっぱりねぇ……。すごいもんねぇ」
と辺りを見渡して、感嘆のため息を零す明日香。
こういうしぐさは、どうもお嬢様というところからかけ離れていて、本当に今も笹原家の一人娘なのかと疑ってしまう。
でも、よく見てみるとやっぱり作法はとっても綺麗だ。
きっと小さいうちから叩き込まれていたのだろう。
動きに無駄がないし、綺麗な流れだ。
俺は疑問に思っていたことを明日香にぶつけてみることにした。
「ねぇ、明日香ちゃん。どうして実家が京都なのに東京の沢商事で働いているの? 家元がよく許したね?」
「え、そう? うちは結構放任主義だよ」
「え? だって笹原流家元の娘でしょ? 生粋のお嬢様って感じがするのに」
「偏見よ~拓海くん。うちはね、可愛い子には旅をさせろが家訓なの」
「……家訓」
「そ、家訓。よくいいところのお嬢様ですね、って言われるけど中身はそうでもないのよ?」
そういってクスクスと本当におかしそうに笑う明日香。
俺はそんな明日香を見ながら、冷酒を口にした。
「ゆったりといい時間を過ごす事が最高の贅沢だ」
「え?」
「それが父の口癖。いい時間っていうのも色々種類があるんだけどね。凛とした空気の中、精神集中してお茶を立てることが出来る贅沢。美しいと思うことが出来る贅沢。そういうものを感じることが贅沢なんだって」
「……」
「だから美味しくて高い物を食べることがだけが贅沢じゃなくて、どんなものでも美味しいと感じることが贅沢なんだって父の教え」
「……なるほど」
「外で見るほど、うちは敷居が高い家じゃないの。本当に普通の家だと思う。ただ、茶道のことに関連しているものには贅沢をしているということ認識はしているけどね」
それが仕事だし、と明日香は屈託なく笑った。
なんとなく、明日香が穏やかで朗らかなのがわかったような気がした。
きっと明日香の父。笹原流家元はすごい人なんだろうと想像がつく。
一度会ってみたいものだ。