ベイビー&ベイビー
「明日香ちゃん、なのか? あの女の子は」
「……」
「京都の川野のばあちゃんちによく遊びに来ていた女の子。あれ、明日香ちゃんなんだろう?」
俺はなんとなく確信した。
面影はない。名前も残念ながら覚えていない。
だけど。
俺はこの約束を覚えていた。
ずっと、頭の片隅に。
桜の季節にだけ、期間限定で思い出される幼い頃の記憶とともに。
俺がやっと思い出したとわかったのだろう。
明日香は、少しだけ微笑んだ。
「そうだよ、拓海くんが京都に来たときに私、一緒によく遊んだんだよ」
「でも。明日香ちゃん、僕と同級生だろう?」
「そうだけど?」
「……僕より年下だと思っていたんだけど」
俺がそういって頭をかくと、明日香はテーブルにうつ伏せになり唸った。
「なるほど。それでなかなか私が京都で遊んだことがある女の子だと認識してくれなかったわけね」
「だって明日香ちゃん。僕が言うのもなんだけどさ。今も童顔だけど、あのころもしっかり童顔だったよ。まさか同じ年だなんて思わなかった」
「そっか。あのころってそういうこと何も話さなかったしね」
そういって明日香は肩をすくめた。
明日香の言ったとおり。
確かに、あのころの俺らは自分の名前のみでお互いのことを話さなかった。
苗字だって、住んでいる場所だって。
それであのころはよかったのだ。
余計なことは知らなくても、目の前の女の子と遊べることが楽しかったから。
俺らの共通点は京都の川野の祖母だけ。
女の子、明日香がそこにちょくちょく顔を出してきて、そして俺と遊ぶ。
そんなことの繰り返しだったように思う。
祖母もとくに明日香のことを俺に言ったりなどはしなかったように思う。
ただ、仲よう遊びよしね、そういって笑っていた祖母。
祖母は何もかも知っていたに違いない。
明日香が有名な茶道の家元の娘だということを。
しかし、幼き二人には家のことなどどうでもいい。
ただ仲良く遊ぶことが出来ればよい、そう考えていたに違いない。