ベイビー&ベイビー
目の前の明日香をもう一度見る。
5年間、同じ会社で机を並べて働いてきた。プライベートのことはほとんど知らないが、それなりに笹原明日香という人間を見てきていた。
しかし、今。
目の前の明日香に、幼きころの楽しい思い出も加わって、今までにない感情が湧き出してきた。
「それと、もうひとつ」
明日香は、完全に幼き頃のことを思い出した俺に向かって口を開く。
もうひとつ、とは。
なんのことだかわからず首を傾げると、明日香は大きくため息をついた。
「おばあちゃんが亡くなった日。円山公園でも会ったよ」
「え?」
「亡くなったって回覧板が来て、私すぐさまおばあちゃんの家に行ったんだ。そうしたら……拓海くんが飛び出してきて。思わず後を追いかけちゃったんだ」
「……もしかして」
つい最近、ふと思い出したあのときの記憶。
円山公園で一人、祖母を思って泣いた夜。
変な女に会った。その女の容姿なんかは涙で滲んでいて思い出せなかったが。
もしかして。
俺が目を見開いて明日香を見上げると、明日香は少しだけ困ったようにして笑った。
「そう、あのとき拓海くんに話しかけたの、私だよ」
話しかけたって言っても、勝手に声かけただけだけどね、と明日香はクスクスと笑った。
『私、あなたが笑う日が来るまで待っているから! そうしたらまた会おうね』
それだけ言って立ち去ったあの女。
それも明日香だったというのか。
俺はなんだか突然明らかになった過去に直面して面食らっていると、明日香は面白くなさそうにテーブルに肘をついて口を尖らせる。
「沢商事に入社してびっくりしたよ。まさか拓ちゃんが同期としているなんて思いもしなかったし」
「じゃあ、そのときになんで言ってくれなかったのさ。入社してから5年もたっているんだよ?」
恨みがましく目の前の明日香に言うと、ますます口を尖らせた。
「だって、約束したし」
「え?」
「絶対に忘れないって約束したのに、思い出さないんだもん。悔しくて、言いたくなかった」
「明日香ちゃん」
「だって私だけずっと覚えていただけなんて。拓ちゃんは忘れていたなんて。ショックすぎて言う気にもならなかったよ」
「……ごめん」
俺が素直に頭を下げると、明日香はブンブンと首を振った。