ベイビー&ベイビー
「本当は違うの。拓海くんが思い出してくれなかったのはもちろんショックで悔しかったけど。昔のこと言えなかったのは私が臆病なだけ」
「明日香ちゃん?」
「だって京都のこと、もし拓海くんに話したとしても、何のこと? って言われたらもっとショックでしょ?」
「……」
「だから言えなかったの。ただ、忘れているだけだって思っていたかっただけなの。覚えていないなんて言われたら悲しいから」
「明日香ちゃん」
そういって再びお茶をすする明日香ちゃん。
俺もなんとなく間が持てなくて、お茶を手に取り、一口含んだ。
少しの沈黙のあと。
明日香はそれでもほっとしたように笑った。
「でも良かった。拓海くんの思い出の中に私のことがあって」
「明日香ちゃん」
「私にとってあのころの記憶は大事な宝物なんだもの。拓海くんが覚えていてくれて本当に良かった。一方通行の思いだけじゃ悲しいもの」
そういって苦笑交じりにで笑う明日香はなんだかとても綺麗に見えた。
今まで、明日香をそんなふうにみたことがなかったのに。
そう素直に感情が自分の中で出てくることに戸惑いを覚えた。
そんな思い出話に浸っていた俺たちだったが、明日香の再びの爆弾発言にその雰囲気が覆された。
「で」
「は?」
「私、さっき立候補したんだけど」
「え?」
なんのことだか分からず、俺が首を傾げると、明日香はにっこりといつもの朗らかな笑顔ですごいことを口にした。
「今日、拓海くん。あの素敵な女の人とSEXする予定だったんでしょ?」
「!」
「それ、私じゃ駄目?」
そういって上目遣いで俺を見つめる明日香。
唖然として、俺が明日香を見つめる。言葉が出ない。