ベイビー&ベイビー
第8話
第8話
「……とりあえず出ようか」
「……うん」
俺の背中を抱きしめていた明日香に声をかけると、ゆるゆると腕がはずされた。
背中から感じていた明日香のぬくもりがなくなると、何故か寂しい気持ちになった。
後ろを振り返り明日香を見ると、下を向いてうつむいていて表情を垣間見ることは出来ない。
が、耳やうなじは隠すことなどできずに真っ赤になっている。
それだけで、明日香のあの言葉。
セフレ希望。
あの言葉をどれだけの勇気をもって言ったのか、分かるような気がする。
今日の明日香の出で立ちは、あでやかな振袖。
黒地に綺麗な蝶や花の織物。
いつもはおろされている黒く豊かな髪。
それが綺麗に結われていて、抜いた襟から覗く項。
いつもの事務服ではわからない、女の色香を感じる。
癒し系で童顔。背丈も本当に低い明日香。
俺と並ぶと、本当に背の低さを感じるほどに小柄だ。
明日香はいつも俺を見上げていて、俺はいつも明日香を見下ろす。
その視線の位置が、なんだか安心していたというのに。
今のこの状況は何故か居心地が悪い。
いつもなら、全くといっていいほど自然に付き合えるのに、今の明日香にはいつもどおりでいる自信なんて皆無だ。
その俺を見上げる、上目遣いの瞳。
いつもどうりのはずなのに。
どこか落ち着かない。
そんな気持ちを払拭するために、俺はあえて明日香と距離をおこうと必死だ。
部屋を出ると、すぐに女将が駆け寄ってきた。
俺はすぐさまタクシーを一台頼むと、心得ていたように女将は、今日は土曜日ですので常に待機していただいております、と微笑んだ。
丁重な挨拶をそこそこに、俺は外に出ると待機していたタクシーに明日香を乗せた。
「……拓海くん?」
強張った様な、それでいて困ったような顔。
なんとか笑顔を出そうと必死な明日香を見て、思わず苦笑した。
彼女から必死さが伝わってくる。
それなら尚更。
俺は彼女に言わなくてはならない。
二度と。俺に。そしてほかの男にも、セフレになってほしいだなんて言わないように。
もし、今から出す俺の本性を見て、これからの関係が崩れてしまったとしても。
俺は明日香にはちゃんと言っておきたかった。
明日香には、そんな恋愛は似合わないから。
遊びの恋愛。
笹原明日香には到底似合わない。
彼女にはいつまでもにこやかに笑っていてほしい。それが笹原明日香なのだから。
こんな辛そうな顔、明日香には似合わない。
明日香には、いつものように周りを和ませる笑顔でいてほしい。
俺は猫を被っているだけだけど、明日香は違う。