ベイビー&ベイビー



 あんなに無垢な明日香。
 そんな明日香が言う台詞ではなかったはずだ。

 セフレ。

 彼女はどんな意味かも、どんなことをするのかもわかっているといった。

 しかし、彼女は本当の意味を知らない。

 どれだけこの遊びの恋愛が虚しいものか。
 未来のない、恋愛ごっこ。

 一時の歓楽のためだけに繋がれる縁。

 それがどれだけ、無意味なものか。
 わかっていない。明日香は。


 もっと明日香を大事にしてくれるような男がいるはずだ。
 俺なんかが、一時の感情に流されて触れてはいけない女だ。

 俺は明日香の前でとったチタンフレームの眼鏡を、あえてもう一度かけなおした。
 そんな俺の行動に明日香は、怪訝そうな顔で俺を見上げていた。


「今日はもう帰りな」

「拓海くん?」

「二度とあんなこと言うんじゃないよ」


 俺が少しだけ笑みを浮かべて明日香に言うと、明日香は首をブンブンと勢いよく横に振る。
 そしてタクシーから飛び出してきた。

「嫌! 私、本気で言ったんだよ? 拓海くんに、」

「ストップ」

 明日香がその次に言う言葉は予想が出来た。

 抱いてほしい。

 そう、明日香が懇願することが。
 俺は、会社で見せる柔らかい物腰ではなく、いつもの俺に戻って明日香を見つめた。


「俺のセフレの条件教えてやろうか」

「……え?」


 明日香が息を呑むのがわかった。
 俺はそんな明日香に冷たく言い放つ。

「後腐れのない、大人な女」

「え?」

「明日香ちゃんに当てはまるかな? 無理だろう?」

「……」

「同じ会社だから、これからも毎日顔を合わせることになる。一度寝た女と、しょっちゅう顔合わせるなんて面倒だ」

「拓海……くん」

「それに年齢では大人かもしれないけど、明日香ちゃんはどうみても妹タイプだろ? 俺、そんな趣味ねぇから。年上の綺麗なお姉さんが好みなわけ」


 明日香は、下を向いたまま何も言わない。
 ただ、俺の暴言だけを静かに聞いている。

 そんな明日香を見て、チクリと良心が痛んだ。
 しかし、明日香には明日香らしい恋愛をしてほしい。




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