ベイビー&ベイビー
どういう経緯で、俺と関係を持ちたいと思ったのかわからないが、明日香にセフレなんて似合わない。
きっと、なにかの勢いで言ってしまっただけに過ぎないはずだ。
今のうちに、セフレなんて無意味なものだとわからせておくことは、彼女のためなんだ。
セフレなんかになって、後々もっと痛い目にあわないためにも。
明日香には普通の恋愛をしてほしい。
明日香のことだけを好きで、彼女を守るだけの力のある男。その男が、彼女を幸せにする。
温かい家庭を築いて、そして可愛い子供に恵まれる。
彼女はそういう恋愛が出来る女だと思う。
俺には到底無理なことだ。
なんせ、結婚など契約だと思っている男だ。
体裁だけを考えて、将来結婚しなくてはいけなくなるのか、とため息をつくような男なのだ。
そんな俺と関係など持ったら、明日香の将来に傷がつく。
だから、言わなくては。
容赦ない俺の言い草に、何も反論することなく俯く明日香。
「たとえ一度限りのセフレだとしてもさ、俺にだって選ぶ権利ってものがあると思うけど?」
違う? と明日香の顔を覗き込んで、思わず怯んだ。
そこには。
無表情で、俺を見つめている明日香がいた。
これだけ酷いことを言われたのだ。
泣いているかとも思った。
しかし、明日香は涙など流してなどいなかった。
動揺している俺とは反対に、なぜか冷静な明日香。
俺の視線を物ともせず、何も言わずにタクシーに乗り込んだ。
「……明日香ちゃん」
「拓海くんが言いたいことはわかった。もう言わないから。安心して?」
「……ああ」
「じゃ、月曜日に会社で」
それだけ言うと、タクシードライバーに声をかけて車は走り出した。
何も言わなかった明日香。
表情も読み取れなかった。
ショックだったのか、怒りだったのか。
俺にはわからない。
俺はいつまでも明日香を乗せたタクシーのテールランプを眺めた。