ベイビー&ベイビー
第9話
第9話
「で、拓海はここで何しているわけ?」
「……さぁ?」
俺はあのあと。
なんだか解せなくて、気がつけば真理子の事務所に来ていた。
いつもなら、真理子が雇っている従業員が何人かいるのだが、さすがに週末の夜。
誰もいない。
俺はひとつイスを拝借し背もたれに首を預けて、ユラユラと脱力しながらシートを揺らしていた。
アポなしの突撃訪問に眉を顰めた真理子だったが、あきれたように俺を事務所の中に入れてくれた。
真理子はカタカタとパソコンのキーボードを叩くのをやめず、画面を見たまま俺に言葉を投げかける。
ずり落ちる眼鏡を時折直しては、真理子はなにかを無心に打っていく。
きっと締め切り間近で執筆でもしているのだろうか。
その横顔は真剣そのものだ。
真理子との関係は、セフレだ。
しかし、それとは別にこうしてただ体を重ねることなく、何気なくお互い一緒にいるということもある。
とにかく、真理子とは不思議な縁だということだ。
セフレでもあり、友達でもあり。
そんな関係。
ただ、一緒にいるからといって恋愛感情はない。それはいいきれる。
真理子も同じ意見だろう。
勝手知ったるなんとやらで、俺はイスから立ち上がると紙コップを取りだし、たっぷりとコーヒーを注いだ。
香ばしい香りが俺を包み込む。
温かいそれを、俺は両手で持ちながら口をつける。
何もしゃべらない俺に痺れを切らしたのか。
真理子はパソコンの電源を落とし、眼鏡をはずすと俺の前に仁王立ちで立った。
「……子猫ちゃんは?」
「……帰った」
「帰った? 帰したの間違いなんじゃないの?」
「……よく知っているね」
「フン、ありえないぐらいに動揺してるわよ、拓海」
真理子は、馬鹿にしたように鼻で笑った。
俺はそんな真理子にも反応できないぐらいに、疲れきっていた。
「あら、いつもならここで反論するのに。そうとうやられているわね」
「……今日はいろんなことがありすぎた」
コーヒーをテーブルに置くと、ガシガシと頭を掻く。
乱れたままの髪。それを直す気力さえもない。