ベイビー&ベイビー
「あ、拓海」
俺の背中に真理子は言葉を投げかけてきた。
振り返った俺に、真理子はニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべてこういった。
「拓海の場合。恋愛は面倒だっていうけど、拓海は恋愛なんてしたことあるの?」
「は?」
「私は今まで色んな恋愛してきたわ。その度に真剣だったわ。だからこそ、今は恋愛しないって断言できるのよ」
「……」
「でも、拓海の場合は違うでしょ? 素敵な恋愛したことがないくせに、恋は面倒だなんて言える立場まで上り詰めていないのよ」
それだけ言うと、部屋の奥へと入っていってしまった真理子。
一人入り口で取り残された俺は、ため息をつくと事務所を後にする。
「明日香の代わり、か」
真理子の言葉を思い出し、一人ゆっくりと帰路につく。
頬を撫でる風は、すっかり春だ。
少しだけ夜になると冷えるが、それでも冬の風とは種類が違う気がする。
ふとすると、すぐにあの明日香の思いつめた顔が脳裏にちらつく。
そして、そのたびに真理子が言った言葉を思いだす。
「拓海の一番の女になる予定の子だったのかもよ」
思い出すたびに、そんなわけあるはずがないと否定をする。
明日香は会社の同期で、同僚。
それだけだ。
今日、それに思い出の中の女の子ということが補足事項でついただけ。
ただ、それだけのこと。
明日香をこの腕の中で抱く。
想像してみたが、ありえないと、すぐさま考えを払拭した。
「……ったく。ありえねぇよ」
俺は、あまり見えない星空を見上げてため息をついた。