ベイビー&ベイビー
金曜日の夜。
いつもなら、真理子と落ち合い、お互い暗黙の了解でホテルで会う。
それがすでに日常と化している。
しかしながら、俺はどうもあの夜以来、真理子を抱きたいとは思わなくなっていた。
真理子だけじゃない、ほかの女にも手を出さずにいる。
はっきりいって、ここ数年を考えてみても、そんなことなど一度もない。
真理子に出会う前は、後腐れない女に適当に声をかけ、一夜限りの恋愛ゲームを楽しんでいた。
しかし、それも面倒になり、真理子と出会ってからはほかの女に声をかけられても、軽く流していた。
真理子とは、金曜日にホテルの一室で会うといってもやることはさまざまだ。
体を重ねる日もあれば、ただ酒を酌み交わすだけのこともある。
お互い、気楽な付き合いをしている。
だが、この一週間。
そんな気持ちすら沸いてこないでいる。
それが、どういうことを意味しているのか。
俺にはさっぱりわからない。
が、気分が乗らない。
俺は昼休みに真理子にメールで今日は逢えないと送ると、すぐさま返信が送られてきた。
--わかっている。そういうと思ってたーーー
そんな意味深なメールが真理子から返ってきた。
なんでもわかっているわ、と言わんばかりの真理子のメール。
なんだかそれが妙に癪に障る。
とにかく、急ぐことはない。
仕事をすべて終わらせて、行き着けのバーにでも久しぶりに顔をだそうか。
仕事が終わった後の計画を自分の中で決め、再び書類とにらめっこをしていると、課の後輩たちのにぎやかな声が耳に入ってきた。
「ああ、愛しい流し目王子が結婚なんてー」
「どこぞのお嬢さまなんでしょ? この人」
「そうらしいわねぇ。有名茶道家元の一人娘なんですって。きっとこの世界の人なら、この女の人の素性とかもわかるんでしょうねぇ」
「週刊誌には偽名だしねぇ。ああ、でも涼さまが結婚かぁ」
……有名茶道家家元。
そのフレーズに何故か胸騒ぎを覚えた。
有名茶道家家元っていったって、いっぱいいることだろう。
俺の知っている、それもつい最近知ったばかりの明日香の実家とは限らない。
限らないが。
俺は気がつくと、その後輩のところに歩み寄っていた。