ベイビー&ベイビー
明日香はこれ以上ないというぐらいに真っ赤な顔をしていた。耳も項も、すべて真っ赤だった。
演技であそこまで赤くなることが出来るだろうか。
いや、出来ないだろう。と、いうことは、やはりあのセフレになりたいという言葉は嘘ではなかったということなんだろうか。
「……わからん」
俺はもう一本買ってきた缶ビールのプルタブを開ける。
プシュッと泡が飛び出る。
それさえもかまわず、一口含む。
なんだか今はビールの味さえも、どこかぼやけている。
それはまさに俺の思考回路のようだ。
靄がかかっていて、先が見えない。
結局、明日香の真意はどこにあったのだろう。
ただ興味本位で言ったのか。
それとも、婚約者と喧嘩でもして腹いせで……?
「いや、それはない。彼女に限ってない」
そう、明日香に限ってそれはない。それだけは言い切れる。
では何故? そう問われると、明確な答えを口に出来ない。
だからといって本人に聞くなんてことは出来ない。明日香にとってあの夜の出来事は忘れたい出来事なんだろうから。
それが証拠にこの一週間というもの、あの話題を一切だしてこようとはしなかった。
いつものように俺と笑い、さやかと笑い。いつもどうりの時間を過ごしてきたはずだ。
わからない。
明日香の真意も。
そして、俺のこの気持ちのもやもやの意味することも。
再び、ビールを煽る。
今日はなんだか、どれだけアルコールを摂取しても酔うことなど出来そうにもない。
空いた缶ビールが2本。
最後の一本を開ける。今度はのんびりとビールを口に運んだ。
その時だった。
俯いたままの俺の視線に、黒い革靴が見えたのは。
驚いて顔を上げると、そこには見覚えのある人物の顔があった。