ベイビー&ベイビー
「やっと見つけた。君、沢 拓海くんだろう? 会社のロビーで待ち伏せしていたんだが、途中で見失って。良かった、ここにいて」
「……アンタ」
綺麗な顔に見覚えがあった。
先ほどの週刊誌に載っていた顔と同じだったからだ。
「悪い、自分の自己紹介のほうが先だな。私の名前は木ノ下涼太郎」
「……」
「で、君の名前は沢 拓海。あ、違ったか。川野拓海で会社では通しているんだってな」
なんでそのことを、そう口にすると当たり前のように目の前の涼太郎は微笑んだ。
「明日香から聞いているからね。でも、安心してくれ。明日香は沢の苗字が本当の名前だなんて知らないから」
「……」
「こちらでちょっと調べさせてもらった。明日香には調べた結果はいうつもりなんてないから安心して」
そういって笑う涼太郎に、俺は眉を顰めた。
怪訝そうな俺を見て、涼太郎は不敵に笑う。
「ふーん」
「なんだ?」
「明日香が褒めちぎるから、どんな男かと思ったけど。普通だな。というか、君。そうとう捻くれていそうだ」
「初対面で礼儀がなってないな」
「それは失礼。思わず本音がね」
そういってクスクスと笑う涼太郎。その笑い方が俺を馬鹿にしているようで癪に障る。
一方の涼太郎はというと、俺のそんな苛立った雰囲気を感じとったのか、ますます楽しそうにしている。
「で、なんの用だ? 俺は別にアンタに用はないが」
「私のほうはあるんだよ。言いたいことが、ね」
涼太郎は、俺の許しを得ずにドカッとベンチに座る。
そしてジャケットのポケットからタバコを取り出し、吸ってもいいかとライターとタバコを見せた。
俺は、無言で頷くと、涼太郎はジッポを開いてタバコに火をつける。
紫煙が揺れる様を見ながら、涼太郎は遠くを見つめている。
俺は、そんな涼太郎の行動を横目で見ながら、ビールに口をつける。
少しの無言の後。
涼太郎はやっと口を開いた。
「ま、今更教えたからって現状はなにも変わらないけどね」
「……」
「明日香は俺と結婚する、なにがなんでも明日香を手に入れる」
「は?」
思わず缶を落としそうになり、慌てながら横にいる涼太郎を見た。
その横顔は冷静で、その言葉に嘘はないと見せ付けられた気がした。
「君は明日香のこと、なんとも思っていないんだろう」
「……」
「だったら、明日香の前からいなくなってくれないか。それを言いにきた」
突然の涼太郎のその言葉に頭が真っ白になった。
明日香ちゃんの前からいなくなれだと?
その言葉に俺は言いようのない絶望感を感じた。
足元から掬われたような、心もとない感覚。
サラサラと砂が零れていくようだ。
そして、すべてが零れ落ちた後。
俺はきっと、なにかを失うんだ……。