ベイビー&ベイビー


「君だよ、沢 拓海くん」

「な、にいって、」

「明日香が小さい頃に一緒に遊んだ男の子、それは君だろう?二年前。明日香が言ったんだ」

「……」

「初恋の男の子に数年前に出会った、そのときはあの頃みたな淡い恋心なんて全く感じなかったが、少しずつ、少しずつ、君のことが好きになってしまったと言っていたよ」


 俯き加減で、両手を足の間でだらりと組み、涼太郎は顔を上げずに話しを続ける。
 俺は、その話がなんだか信じられなくて、涼太郎の俯いた横顔を見つめた。


「プロポーズをしようと思っていた日に、明日香に別れてほしいと頼まれたんだ。でも、聞けば両思いになったわけでも、思いを伝える気もないと言うんだ」

「明日香ちゃんが……?」

「そうだよ。君が恋愛をしたがらないということを明日香は感じていたらしい。だから、思いは伝えない。隣で同僚としていられれば、それでいいと言うんだ」

「……」

「そんなの私が納得するわけがないだろう? だから、明日香に言ったんだ。別れるかわりに条件をつける、と」

「条件?」


 俺が訝しげにそう涼太郎に問うと、やっと頭を上げて俺を横目で見る涼太郎。
 その瞳は。その視線だけで、人を萎縮させるだけの力が篭められていた。
 一瞬怯む俺に、涼太郎は視線はそのままで口角をグイッと上げる。


「二年待つ。だけど、二年たっても明日香がその男を落とせなかったら、私と結婚して貰う、と」

「え?」

「明日香は拒んださ、そんな条件飲めるはずがない、と」


 そうだろう。
 そんな条件、飲めるはずがない。
 別れる相手とそんな約束など出来ない。
 明日香じゃなくても、そう考えるのが普通だろう。
 それに明日香は、初めから俺に告白する気などさらさらなかったという。

 尚更、そんな条件飲めるはずがない。

 俺はあっけにとられて、横に座る涼太郎を見ると、涼太郎は空を見上げていた。

 サラサラと青い葉が揺れる。
 間からは、少しだが小さく瞬く星が見える。

 小さくて、弱い光。
 都会のこんな喧騒じゃ、光はなかなか届かない。

 頼りなさげに揺れる光。

 それは何故か、俺自身のようで。
 直視できなかった。


「当たり前の答えだと思ったよ。思いを告げる気などまるでなかったんだ。それなのに二年後には君を落とせと無理難題を突きつけた」

「……アンタの作戦か?」


 俺のその言葉に、涼太郎は鼻で笑う。
 肯定ととってよさそうだ。

 涼太郎は星を見続ける。
 俺は星を見るのを拒む。

 なんだかそれは、明日香に対する感情のようで。
 ズクンと胸が痛んだ。





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