ベイビー&ベイビー




「それでも明日香は私の隣にいることは出来ないと言ったよ。他の男のことを思っているのに、私の隣になんていられないってね」

「明日香ちゃんなら、そう答えるだろうな」


 そういう俺に、涼太郎も深く頷いた。


「だから俺は明日香に言ったんだ。それなら、この二年の間に自分の気持ちにケリをつけろと。一生その男を思うだけで過ごすことは許さないって言ったよ」

「……」

「もちろん、私一人の個人的な感情もあるが。君も知っているんだろう、明日香の実家の話」

「ああ」


 涼太郎が言いたいことは分かった気がした。
 茶道の名門が実家の明日香。明日香が一生独身で通すのは実質的に無理だ。

 明日香の父親は、放任主義とは言っていたが、他の周りが黙ってはいないはずだ。
 次から次に縁談を持ってきて、最終的には強引にまとめさせられるのがオチだ。


「で、約束の二年間が過ぎた。だから私は明日香に聞いたんだ。ケリはついたのか、と」

「……」

「ケリはついたと言っていた。自分がどれだけ思っていたって、君には想いは伝わらないと言っていたよ」

「……」

「約束だから、私と結婚すると言ってもらえた」


 俺は涼太郎の言葉を耳にいれても、何も口に出来なかった。
 でも、何かを涼太郎に言おうとしている自分。

 今更、何を言おうというのだ。自分は。
 明日香はすでに、自分で自分の道を決めたのだ。

 そして俺は、そんな明日香に何を言おうとしているのだろうか。
 ありえない言葉が。

 ありえない感情が今。
 俺を取り巻く。

 しかし、それに気がついてはいけない。
 気がついたら……きっと。

 俺は俺でいられなくなる。
 それに、もう何もかもが遅いのだ。

 きっと、遅い。

 だから、何もかも気がつかないフリをしよう。
 今までそれで生きてきたじゃないか。

 だから、これからだって出来るはずだ。
 見てみぬふり。知らぬふり。自分とは関係ないと割り切れるはずだ。
 葛藤を続ける俺に、涼太郎は俺に向かって頭を下げてきた。

 怯んだのは俺だ。
 突然の涼太郎の行動に慌てた。



< 52 / 89 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop