ベイビー&ベイビー
「もう明日香の気持ちを揺さぶらないでほしい」
「っ」
「明日香は決めてくれたんだ。私と運命をともにする、と。明日香は聞いてきたよ。まだ、君のことを忘れられないがそれでも私と結婚していいのか、と」
「……」
頭を上げた涼太郎の瞳は、とても澄んでいた。
その瞳を見るのが辛くなるぐらいに、とても綺麗だった。
その瞳で、涼太郎は明日香に愛していると言うのだろう。
そう想うだけで、チクチクとどこかが痛む。
「私はそれでもいいと言ったよ。明日香が君を忘れる努力をしてくれると言ってくれた。それならきっと大丈夫だ。私が明日香を少しずつ引き寄せてゆく自信はあるから」
「……」
「もう明日香は君と決別して歩きだそうとしている。だから私たちの邪魔をしないでほしいんだ」
「……」
何も言えなかった。
言えるはずもなかった。
目の前の真摯な態度の涼太郎に、心から敗北を感じたから。
「君なら明日香の幸せを願ってくれるだろう?」
「……」
「どうも実家のほうに早く戻ってきてほしいと言われているそうじゃないか。君みたいな大舞台に立つ男は、今の会社では力を発揮できないだろう」
「……」
「君には戻る場所がある。それなら、そこに戻ってほしい。明日香のためにも、そして君のためにも」
そういう涼太郎に、俺は何も言えなかった。
否定も肯定も。
何もいえるはずがなかった。
固まったままの俺に、涼太郎は少しだけ苦笑すると、突然悪かったね、といってその場を去っていった。
残されたのは、何も考えれない俺だけ。
寂しげに揺れる星を、もう一度だけ見上げてみる。
「明日香ちゃんの前から……消える?」
呆然と眺める星空。
静か過ぎる桜葉の森。
そして、力なく頼りなさげな俺。
手の中には、携帯電話がひとつ。
小さく、小さく。
揺れていた。