ベイビー&ベイビー
第14話
第14話

 自分の手の中で小さく揺れる携帯。

 今日は誰にも邪魔をされたくなくて、バイブのみにしてあった携帯が、自分の存在を俺に知らせようと必死だ。

 俺は、大きなため息とともに携帯を開く。
 ろくに名前を見ずに、もしもしと呟くと、久しぶりの声に嫌な予感を感じる。


「拓海か?」

「……電話、切ってもいい?」

「まぁ、そんなに邪険にするな」


 そういって電話の向こうで豪快に笑う親父。

 親父からの電話など、ほとんどない。
 その親父から、直接俺の携帯に電話がかかってきた。
 悪い予感しかしない。

 そうでなくても、今日は精神的にダメージを受けることがあったばかりだ。
 手短に話して、さっさと電話を切りたい。

 出来れば、このまま何も話さずに切ってしまいたいぐらいだ。


「拓海、今時間あるか?」

「ないって言ってもいい?」

「じゃあ、あるんだな」


 そういって電話の向こうの親父はおかしそうに笑う。
 今日はあまり誰かとしゃべりたくない気持ちの俺としては、早く電話を切ってしまいたい。
 とりあえず用件だけを聞いてみることにする。

 本心としては、あまり聞きたくはないが。

「で、なんの用?」

「……拓海」

「何?」


 一気に声のトーンが下がった親父。
 その口調に、嫌な予感がさらに高まる。
 俺は手元にあったビールを飲み干した。

 
「……お前にロスに行ってもらいたいと思う」

「は? なに、突然」

「突然なものか。お前には前から打診していただろう。そろそろ本腰入れてくれてもいいだろう?」

「……」

「真に行ってもらおうかとも思っていたが……アイツは今、ドイツのほうで忙しいから動けないし」

「佐々木さんがどうかしたの? 佐々木さんに今、ロス任しているよね?」


 うちの沢コーポレーションは日本各地に支社があるが、もちろん海外にも進出している。

 欧州のほうでは、ドイツにイギリス、フランスに支社を構え、アメリカのほうではNYとロスにそれぞれ支社を置いている。
 各支社、本社で選りすぐりのメンバーが赴任している。
 ロスのほうでは、親父の右腕をしていた佐々木が支社長をしているのだが。
 何かあったのだろうか。

 そんな俺の問いかけに、親父は苦笑した。


「別に何もないが。そろそろ日本に帰ってきてもらおうかと思っていたところなんだ」

「……」

「アイツも海外が長かったからな。それに本社のほうの重役ポストが空いたから、佐々木には戻ってきてもらおうと思っているんだ」

「……本心はそれ?」


 なんだかその話自体うそ臭い。
 親父がそんなことで佐々木さんをわざわざ日本に戻すなんて考えられない。
 そんな俺の疑惑めいた言葉に、親父は嬉しそうに笑う。





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