ベイビー&ベイビー
「バレタか」
「バレバレだ。で、なんで?」
「そりゃあ、拓海に荒修行に出てもらおうかと思ってな。ロスは大変だからな~」
「……人事みたいに。自分の会社だろ?」
「その言葉、そっくりお前に返してやるぞ」
フンと鼻で笑う親父に、ガクリと肩を落とした。
つまり、体よく俺をそろそろ本業に連れ戻そうという魂胆なわけだ。
そろそろかとは思っていた。
ひとつ下の真も、俺と同様傘下会社で修行をしていて、今年の春。ついに本腰を入れて家業を手伝いだした。
赴任先はドイツ。
あそこもかなり忙しい。真はこの前の電話でぼやいていた。
あの九重代議士のパーティーがあった日にも、ドイツで大きな取引の調印があって真自体もバタバタしていたことは記憶に新しい。
じいさん借り出してまでの大きな取引だったから。
真の引き攣った顔が、手に取るように分かる気がする。
まぁ、しかし。真は俺と違って親父の血を色濃く受け継いでいる。
いわゆるワイルド系ってやつだ。
厳つい感じの風貌は、威圧感を与えて、相手会社を脅かしているらしい。
その割りに、性格は素直で温厚だ。俺とは正反対。
しかしながら、アイツも沢で鍛えられてきている、仕事は出来るから心配はしていないが。
真がひと段落したから俺も、ということなんだろう。
ついにこのときが来たか、といった感じだ。
しかし、なんでこのタイミングなんだろう。
先ほど、明日香の婚約者に、大舞台に戻れといわれたばかり。
そして、明日香の前から消えてくれと頼まれてしまった。
なにか謀られたようなタイミングに俺の心は荒立った。
そんな胸中など知りもしない親父は、能天気に口を開く。
「で、拓海。嫁はどうする?」
「……は?」
「だから嫁だよ、嫁。お前、誰かいないのか?」
「……」
「なんか九重のじいさんが言ってたぞ? 拓海にも遅い春がやってきたって」
「……じじい」
あの矍鑠として、悪代官みたいな笑いを思い出す。
明日香と俺を引き合わせた張本人は、俺と明日香がうまくいったと思っているのだろうか。
いや、そこまでは考えていないだろう。
むしろ、あの爺が俺に発破を間接的にかけてきたということなんだろう。
全く、あの爺さんには困ったものだ。
俺なんかのことより、日本国民のために力を注いでほしいものだ。
爺さんの高笑いが聞こえるようで、顔を歪めた。
「で、付き合っている女の子とは結婚を考えているんだろうな? うんうん、いいタイミングだなぁ。このままロスに連れて行けよ」
「……」
逃げられるなよ~うまくやれよ~、と電話口の親父はいやに楽しそうだ。
そして、もう俺に断る隙を与えないつもりらしい。
親父の中では俺がロスに行くことは決定しているようだ。
ここまで親父が強く通すということは、すでにポストは開けられたに違いない。
と、いうことは否応もなしに行かねばならないということだ。
俺に拒否権はない。
「親父、楽しそうなところ水を差すようだが、付き合っている女なんていないぞ?」
「は?」
「結婚相手がいるようなら、そっちで適当に選んで」
「……拓海?」