ベイビー&ベイビー
すでに俺は投げやりだった。
明日香は俺のことが好きだった。
そう、もう俺は過去なのだ。
明日香はすでに俺とは決別をして歩き出そうとしている。
その証拠に、会社での明日香はいたく普通に見えた。
違う未来を見つけたから。
そこに俺がでしゃばっていいはずがない。
いくら……。
俺が明日香への気持ちに気がついたからといったって、もう遅いのだ。
恋愛はタイミングだ。
ひとつタイミングを間違えば結ばれない。
どんなに想いが募っても、想いが重なろうとしていても。
交差していってしまう……。
涼太郎の言葉でやっと気がついた。
いや、すでに前に気がついていたのだ。しかし、それを認めたくはなかった。
俺は、もう恋はしないとあの時誓ったのだから。
もう、恋なんてしない。
あんな想いをするぐらいなら、二度としないと固く固く誓ったのだ。
だから、後腐れない付き合いをしてきた。
真理子ともそうだ。
お互いのプライベートには踏み込まない。お互い割り切る。
そんな関係が一番だと思ってきた。
そうすればあの時のように傷つかないから。
俺は臆病者だ。
そういわれてもしかたがないと思う。
その臆病者がついに、自分の気持ちに気がついてしまった。
そして、今回のことで俺は再び想い出してしまったのだ。
人を好きになる感情を……。
明日香が好きだ。
明日香の雰囲気が好きだ。
隣で笑ってくれるだけで、どれだけ俺は救われてきたのだろう。
九重の爺さんが言っていたとおりだ。
明日香はささくれ立った気持ちを癒してくれる、そんな女だ。
明日香が……好きだ。
理屈ではない、明日香だから好きなのだ。
そんな感情を、再び俺が持てるとは思ってもいなかった。
しかし、それには遅すぎた。
今、俺は自分の感情に正直になっていいものだろうか。
自分自身、重く固い扉を開け放とうとしている。
明日香への気持ちを自分の中で誤魔化しきれなくなってしまったから。
だが、明日香は?
俺が頑なに拒絶したのだ。
明日香は、その時どう思っただろうか。
あの夜がすべてだったのだ。
あの夜ですべてが変わってしまった。
明日香の感情も。
俺の感情も。
そして、俺たちがたどろうとしている未来も……。
無言のままの俺に、親父はポツリと呟いた。
「お前まだ……あの時のことを」
「親父」
そのことを口に出してもらいたくなくて、俺は親父を止めた。
が、親父は容赦なく俺に言葉を投げかける。
「木内の娘とのことが、きになっているのか?」
「……」
違う、そういいたかったが俺は何もいえなかった。
ただ、ただ。
携帯を握り締め、空を見上げる。
そういえば、あの時もこんな空だったな、と辛い過去を久しぶりに思い出した。