ベイビー&ベイビー
それから俺たちは、会社では内緒のオフィスラブをしていくこととなった。
早苗は社会人としてパース建設会社で一日働き、俺は大学で講義を受けつつ、夕方から数時間だけのバイトとして働く。
その数時間だけが、俺たちの逢瀬だった。
休日は、毎回とまではいかなかったが、それなりにデートを重ねていった。
俺は早苗のことを大事に思っていたから、本当に本当に大事に思っていたから。
体の関係など、ゆっくりでいいと思っていた。
現に、早苗と付き合って3ヶ月。おでこにキスするだけで留めてあった。
それ以上先に進んだら……。
俺は、早苗を壊してしまうぐらいに抱きしめてしまうという不安があったから。
少しずつ、少しずつ進んでいこう。
そう、思っていた矢先。
あの事件が起こったのだ。
コピー室に入っていくと、数人の女がコソコソと話していて、その会話に思わず動きが止まった。
「ねぇ、聞いた?」
「聞いたわよ、木内さん。おめでたなんでしょ?」
「相手、営業課長の福村さんなんでしょ?あの二人付き合いが長かったものね」
俺の存在など気がついていないのだろう。
話はコソコソと続けられていく。
「でも、社長は反対してるんでしょ? なんか縁談があったらしいから」
「そうらしいわね。その相手、sawaコーポレーションの重役の息子らしいじゃない。その息子と木内さんを纏め上げて、sawaの支社建設のコンペに通そうとしたとか」
「社長も諦め悪いわよね。他の競合している会社みれば、うちみたいな中堅通るわけないじゃないのよ、ねぇ」
「それも娘の木内さんを使おうなんて、どうかしてるわよね」
「木内さんも可愛そうに」
「でも、おめでたなんでしょ? さすがの社長も折れるんじゃない?」
「まぁね。福村さんはうちの会社でも指折りの出来る社員だし。まぁ、丸く収まるんじゃないかしら?」
その内緒話をしている数名の女たちは、木内と言っていた。
この会社で木内と呼ばれる女性はただ一人。
俺の恋人である早苗だけだ。
そして、今更ながらに愕然とした。
社長の名前も同じ、木内だったということに。
最初は否定したかった。
が、苗字が一緒なのだ。このパース建設会社の社長と早苗は。
すぐ傍にあった会社案内のパンフレットを急いで開いてみる。そこには間違いなく、社長の名前は木内となっている。
それに、sawaコーポレーション。
うちが絡んでいるというのか?
もしかして、俺を採用したのはそのコンペを取りたいが故か。
sawaとは無関係と踏んで、バイトに応募したのだが、繋がりがあったとは。
それも支社のビル建設のコンペに、このパース建設会社も名乗りを上げていたとは。
中堅どころだから大丈夫だと勝手に踏んでいた俺が馬鹿だったのか。
早苗が俺の告白に頷いたのも、sawaの支社建設の仕事を取りたかったから?
「……嘘だろう?」
持っていた書類が力なく床にヒラヒラと落ちていく。
その書類を拾うわけでもなく、ボッーとただ見つめる。
先ほどの女たちは、もうすでにいなかった。
ただ、俺だけが愕然として動き続けるコピーを眺めていた。