ベイビー&ベイビー
「早苗さんが……妊娠?」
ありえなかった。
思わず俺の子だったら、なんて願望が過ぎったが、そんなはずはない。
なぜなら、俺は早苗を抱いたことなんてないのだから。
ズルズルと壁を背に、俺は力なくその場に崩れ落ちた。
間違いであってほしい。
噂だけであってほしい。
そう願わずにはいられなかった。
が、実際は皮肉なものだった。
あのあと。
早苗から直接電話があって指定された場所に行くと、そこには困惑顔の早苗と営業課長である福村がいたのだ。
そして聞かされた事実は、コピー室で噂されていたことと同じことだった。
早苗はずっと福村と付き合っていた。
結婚をしたいとずっと二人は願っていたらしい。
それを反対していたのは、早苗の父。木内だった。
そんなときに、舞い込んできたのは俺。
sawaコーポレーションの御曹司である俺が、バイト面接でやってきたのだ。
これ幸いと木内は思ったらしい。
俺をなんとか手なずけて、コンペを勝ち取りたいと思ったという。
で、どうしたらsawaコーポレーションに恩が売れるかを考えているときに、俺が早苗に恋をした。
それを見て、木内は喜んだらしい。
このままいけば、自分の娘がsawaコーポレーションの次期社長のもとへ嫁ぐことが出来る、と。
木内は、早苗に脅しをかけた。
俺と付き合わなければ、福村をクビにする、と。
そのことを早苗は福村に言うことが出来ずにいたという。
しかし、なんとか福村を助けたい。そう早苗は考えた。
それには、俺と付き合うしかなかったというわけだ。
そして、そんな時に妊娠が発覚したのだ。
こうなったらすべてを隠しておくことなど出来ないと、早苗は福村に今までのいきさつをすべて話したという。
「ごめんなさい、沢君。私、なんてことを……」
「知らなかったこととはいえ、早苗を止める事が出来なかった。申し訳ない」
そういって早苗と福村は何度も俺に頭を下げてきた。
俺は不思議と怒りを感じることはなかった。
ただ、愕然とした。
それだけだった。
何度も何度も頭を下げて、土下座に近い形で謝る早苗。
その早苗の顔は、いつもの面影はなく、青ざめていた。
俺の好きだった早苗はそこにはいなかった。
ただ、悲しかった。
好きだった相手は、本当は違う相手を想っていたのだ。
そして、辛い想いを抱えながら、俺に笑いかけていたのだ。
それを見抜くことが出来なかった俺が悲しかった。
そして、男として情けなかった。
俺にとって、早苗はすべてだった。
その早苗の気持ちを最後の最後まで気づいてやることが出来なかった。
だから、最後だけは。
最後だけは、カッコいい俺でいたい。