ベイビー&ベイビー




「ごめん、早苗さん」

「……沢くん?」

「早苗さんの辛い気持ち、汲み取ってあげれなくて。ごめんね」

「沢くんは謝ることなんてない。私が、すべて悪いの」


 そういって涙をボロボロと流す早苗。
 しかし、もう俺には早苗の涙を拭いてやることなんて出来ないのだ。
 俺は、そのままで早苗を見つめた。


「そんなに泣いたらお腹の子にさわる。だから、もう泣かないで?」

「沢くん」


 真っ赤な瞳で俺を見つめる早苗。
 もう、終わりにしよう。

 お互い、辛すぎるから。
 これが早苗さんに出来る、最後の優しさだ。


「ごめん、早苗さん。早苗さんがそんなに気にすることなんてねぇんだ、本当は」

「え?」

「実は、本命が他にいるんだ。早苗さんは、ちょっとした出来心で付き合ってなんていっちゃったんだ」

「沢……くん?」

「はー、良かった。俺のこと本気にされたらどうしようかと思ったぜ。心配して損した」


 ニヤリと笑うと、俺はそのままその場を去ろうと立ち上がった。
 そんな俺を見て、唖然としている早苗。
 
 俺は今までで一番の笑顔を早苗に見せた。
 それは最後の俺の意地だ。


「ありがとう、早苗さん。おかげで暇つぶしになったよ」

「……」

「じゃあね」


 それだけ言うと、早苗の顔を見ずにその場を去った。

 その時、福村と視線があった。
 福村は俺の嘘を見抜いたのだろう。
 俺に向ける視線は、複雑な色を示していた。

 だから、俺は福村に小声で呟いた。


「幸せにしなかったら、承知しねぇ」


 そういうと、福村は大きく頷いた。


 外に出て空を見上げると、そこには小さく、弱く。
 周りのビルの明かりに負けそうなぐらいに小さく瞬く星。

 
「やべぇ、みえねぇよ」


 なんとか地上に届く光が、今の俺には滲んで見えた。

 その時、俺は誓ったのだ。

 もう、恋なんてしない。
 こんなに辛い思いをするぐらいなら、いっそしないほうがいい。

 どうしても沢という家が見え隠れしてしまう。
 それぐらいなら、もう俺自身が恋をしなければいい。

 そうすれば、俺も、そして相手も辛い思いをしなくてもいいのだから。

 いずれ結婚しなくてはならないときも来るだろう。
 そのときは、家につりあうような女と契約すればいい。

 あの時から、俺はまともな恋愛をしなくなった。

 言い寄ってきた後腐れのない女との恋愛ゲームを時には楽しんだ。
 そんな関係にも疲れたときに出会ったのが、真理子だ。
 
 真理子とは割り切って付き合うことが出来たし、気が楽だった。
 それは真理子も同じ考えだったと思う。

 だからこそ、今まで関係が続いていたわけだが、こうして再び人を愛するという気持ちを思い出してしまった。
 もう、今までのような関係は築いていけないだろう。

 とにかく、今はゼロに戻そう。
 明日香に思いは告げれなくても、自分の気持ちに嘘をつくことが今の俺には出来そうにもない。
 
 俺は、缶ビールをゴミ箱にいれ、歩きだす。

 少しだけ。
 少しだけ、先ほどよりは強い光で瞬く星。
 そう感じるのは、自分が強くなったからだろうか。

 それとも。
 人を愛しいという感情がそうさせているからだろうか。


 俺は変われるだろうか。
 前より強く。

 そして、臆病な自分を変えることができるのだろうか。


 俺は歩き出す。
 行き先はまだない。

 明日香に向かっては歩き出すことは出来ないけど、それでも俺はもう立ち止まらない。

 小さく輝く星に向かい、俺は拳を突き上げた。




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