ベイビー&ベイビー
「sawaコーポレーションの傘下会社なんだから、うちは。子分に親玉関係だろう」
「まぁ、そうですが」
「お前と明日香ちゃんのコンビ解消がこんなに早くくるとは思わなかったなぁ」
「……」
「明日香ちゃんも、今月いっぱいで退職することになったし。寂しくなるなぁ。うちの癒しがいなくなったら荒れるぞ、あいつ等」
部長の言葉に思わず言葉を失った。
明日香が、会社を退職する……?
驚き顔の俺を見て、部長は怪訝な顔をする。
「なんだ? 川野。明日香ちゃんの結婚の話、聞いていないのか?」
「……結婚?」
「ああ、なんでも話がとんとん拍子に進んでいるらしくてな。急で悪いがやめさせてほしいと先週の火曜日に打診されたんだ」
「……」
「川野の話はまだでていなかったし、お祝い事だからなぁ。引き止めるわけにもいかなくてな」
「……そうですか」
「営業一課の名物コンビが解消してしまうかと思うと、それだけで寂しいがな」
そういって部長は寂しげに瞳を閉じた。
俺は、明日香のことが気になって愕然としていると、部長にポンポンと肩を叩かれた。
「残りわずかだ。沢商事で気ままに仕事するのも最後だ。今度からは秒刻みのスケジュールになる。今のうちに、のんびりしておけよ」
「……はい」
「のんびりといっても、引継ぎがたくさんで大変だろうが、頑張ってくれよ」
わかりました、と頷くと部長はそれ以上は何も言わずに会議室を出て行った。
俺は部長がいなくなると、近くにあったイスをひいて、力なく座り込んだ。
明日香が会社をやめる。
確かに結婚の話が進んでいるのだ。
これからは梨園の世界にはいるのだ。
OLなんてやっていられるはずもない。
冷静に考えればわかることなのに、何故か愕然としてしまった。
そして、俺もこの沢商事をやめるのだ。
やめてしまったら、明日香がこの会社に勤めていたとしても会うことはもうなくなる。
だから、明日香がこの会社を続けようと、やめようと俺はもう明日香には会えなくなる。
根本的には同じなのだが、何故だろう。とても寂しい。
明日香にはいつまでも、今のままでこの会社で笑って仕事をしていてもらいたかった。
涼太郎の嫁になれば、そんなこと無理なことなのに。
たぶん、俺は急加速で自分の周りが変わっていくことに戸惑っているのだと思う。
そして、俺がいなくなっても変わらない場所が欲しかったのかもしれない。
そんなことは、無理だというのに。