ベイビー&ベイビー
あの時は、いろいろ感情が押し寄せてきていたし、周りに人もいた。
仕事も押していたこともあって、あえて二人には話しをしなかったのだが。
考えてみればおかしいのだ。
明日香もさやかも俺のことを知っていたのだろうか。
だからこそ、あの時冷静な対応をしていたのだろうか。
明日香はもしかしたら涼太郎に聞いたのかもしれない。だが、あの時、涼太郎は明日香には言わないから安心してくれと言っていたではないか。
となると、明日香はどの経由で俺の素性を知ったのだろうか。
そして、それはさやかにも当てはまること。
彼女は一体、何故俺のことを知っていたんだろうか。
「谷さん、君は何故色々知っているんだい?」
「拓海くん」
「この前の月曜日にも、なにか知っている様子だったよね」
「……」
「ほら、食堂で突然タロットを広げだした時だよ。突然占いだしたと思ったら、突然やめて。で、俺がこれから大事なものをなくすって言ったんだ」
「確かに言ったわね」
そういってさやかは、無表情で頷いた。
谷 さやか。
彼女は一体何者なんだろうか。
さやかが言ったとおり。
俺は大事なものを無くした。
それに気がついたのは、さやかが予言めいたことを言ってから数日後のことだ。
さやかは俺の気持ちにも、そして俺の本当の正体もすべてわかっていたのではないだろうか。
だからこそ言える言葉だった。
週刊誌で明日香と歌舞伎役者の木ノ下涼太郎との婚約の話を聞いて、俺は自分の気持ちにやっと気がついた。
しかし、それは同時に大事なものを失ったと確認したにすぎなかった。
大事なもの、それは……明日香だ。
そして、沢商事で働いた月日だ。
さやかがいったとおり。
俺はこの数日の間にいろんな大切なものを失った。
一体、さやかは何者なんだ。
俺は目の前のさやかに向かって、言葉を投げかけた。
「君は何者なんだ?」