ベイビー&ベイビー




 これで色んな糸が繋がった。

 あの九重代議士のパーティーの折に、俺と明日香を引き合わせたことも。
 明日香と俺が同じ会社で勤めていることを、あの時点で九重のじいさんは知っていたのだ。

 きっと目の前のさやかから情報を仕入れていたということなんだろう。


「谷さん。もしかして九重のじいさんに、明日香ちゃんと俺が同期だって話したことある?」

「あるわよ~。だってじいちゃんから聞いてきたんだもん。私の会社に沢 拓海という男がいるかっていうから、川野拓海ならいるよって答えたわけよ」

「……」

「川野は偽名で、本当の名前は沢だって教えてくれたのもじいちゃんだし」

「笹原明日香って子はいないか? って聞くから、拓海くんも私も同じ課だよって教えたし」

「……」


 九重の悪代官みたいなニヤリと笑う様子が目に浮かぶ。
 俺はますます力なくデスクにうつぶせた。


「で、明日香ちゃんとうちの兄貴が付き合っていたこともさ、じいちゃん知っていてさ」

「……」

「どうもその情報は明日香ちゃん本人から聞いていたみたい。明日香ちゃんとじいちゃん仲いいみたいだし。」

「……なるほど」

「きっと九重のじいちゃんは何もかも知ってるわね。それは私もだけどね」

「……」

「でもじいちゃん、明日香ちゃんにはあえて何も教えていないって言っていたよ。拓海くんの偽名のことや、私が涼太郎の妹だってこともね」

「あれ? 明日香ちゃんは知らないの? 谷さんが、実は木ノ下涼太郎の妹だって」

「ん、だって、妹として紹介されたことないしね。私は兄貴の写メを見て、明日香ちゃんのこと知っていただけだし。でも、そろそろねたばらしはしないといけないかもしれないけどね」


 そういってカラカラと豪快に笑うさやか。

 もう、俺は脱力だ。


「じゃ、九重のじいさんは明日香ちゃんが俺のことを好きだってことも……」

「気がついていたかもね。あえて私からは言っていないけど。明日香ちゃんあたりから聞いていたのかもね」

「……」

「いろんな情報を九重のじいちゃんは持っていたから、すべてくっつければ明らかになるでしょ?」


 九重のじいさんと目の前のさやかは、この三角関係のいきさつをすべて知っていたというわけなのだ。
 俺はデスクにうつぶせたまま、頭を上げてさやかに気になることを口にした。


「で、谷さんはどういう立ち位置なわけ?」

「ん?」

「だって、俺は言えば谷さんのお兄さんの恋敵ってことになるんじゃない?」

「ま、そうなるわねぇ」

「それなのに俺に助言してくれたよね? どうして?」


 俺が不思議に思って、目の前のさやかに聞くとうーんと唸ってから呟いた。


「やっぱり無理はよくないと思うのよ、私」

「?」

「明日香ちゃんは拓海くんが好き。拓海くんはやっと明日香ちゃんの気持ちに気がついて、そして自分の気持ちにも気がついた」

「……」

「なのにお互い気持ちを封印して別々の道を歩きだそうとしている」

「谷さん」


 さやかが苦しそうに目をつぶった。
 外を見ると、テールランプが赤い海となって繋がっている様子が見える。
 俺はその風景をじっと見つめながら、さやかの次の言葉を待つ。

 少しだけ息を吐いた後、さやかは瞳を開けて俺を見つめた。




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