ベイビー&ベイビー
「私は兄貴には幸せになってもらいたいのよ。身内だもん、当たり前の感情よね?」
「うん」
「だからね。明日香ちゃんと拓海くんは本当の気持ちに目をさらさないでほしいのよ」
「谷さん」
「このまま明日香ちゃんは兄貴に押し切られて結婚するとするわね。ねぇ、それって皆幸せになれるの?」
「……」
「お互い辛くなる。絶対にいつか歪が出来る」
そういうさやかの横顔は苦しそうだ。
いわばさやかは第三者の立場。
そして、この三角関係の一人木ノ下涼太郎の実の妹。
兄の幸せを願う妹としては、辛いことを口にしてくれているのだと思う。
俺はそのさやかの気持ちを汲み取って、さやかの言葉を真摯に受け止める。
「拓海くん」
「……」
「兄貴は何がなんでも明日香ちゃんと結婚する気だよ。明日香ちゃんの気持ちが拓海くんにあると分かった上で、よ」
「谷さん」
「拓海くんは、それでいいの? ロスにいけるの?」
さやかにそう言われても、俺はどうしても明日香に自分の気持ちを伝えることは出来ないだろう。
それは、辛い過去の恋愛で経験済みだ。
沢という家は巨大だ。
いろんな意味で、その力の威力はすごい。
そんな家に明日香を巻き込みたくはない。
明日香だっていやだろう。
沢の家なんかより、木ノ下の家のほうがきっと明日香を守ってくれる。
木ノ下の家も梨園なのだから、大変なことだろう。
しかし、それでも。
俺は明日香を沢に巻き込みたくはないのだ。
きっと俺が沢 拓海だと知らなくて、思いを寄せてくれていただけなのだ。
俺が沢の家のものだと知ったら、明日香は近づいてこなかったかもしれない。
こんなめんどくさい家など、誰が好んで来るだろうか。
いや、いるな。そういう女。
沢というブランドに惹かれて、俺じゃなく沢という家に恋した女がゴロゴロいたことを思い出し自嘲する。
しかし、明日香は確実にあんな女たちとはタイプが違う。
だからこそ、そんな純粋な明日香にはうちのような面倒な家ではかえって辛い思いをさせてしまう。
「谷さん、たぶん明日香ちゃんには思いを告げれないと思う」
「拓海くん!!」
「明日香ちゃんのこと、好きだからこそ。いえないんだ」
「……」
「言えないんだよ」
俺がそういうと、さやかは一瞬口を開いたが、苦しい顔をして口を再び閉ざした。
手に取るようにわかる感情でさえ、うまくいかないものだとわかった夜。
俺はどうしようもない気持ちを抱えたまま、明日香への気持ちを封印する。
俺たちのことを思って、あえて言ってくれたさやかに感謝するが、それとこれとでは別の話。
もう、俺と明日香は違う道を歩き出してしまった。
後戻りなど出来ない。
その覚悟で明日香も前を向いて歩き出しているに違いない。
俺も、sawaコーポレーションを継いでいかねばならない。
ここが俺たちの分岐点になる。
さやかにありがとう、と礼の言葉を言うとさやかはなんともいえないという顔をして頷いた。
愛しているからこそ、貫きたい想いがある。
愛しているからこそ、相手の幸せを願う。
明日香のことが大切だから、俺はこの気持ちを封印する。
しかし、その代償は大きい。
俺はその痛みをずっと抱えることになるのだ。