ベイビー&ベイビー




 今だに思うことがある。
 あの時。

 俺が明日香への気持ちに早く気がついていれば、と。
 そうしていれば、あの夜はなにかが変わっていたのかもしれない。

 いや、それはないか。

 どうしても沢という家のことを思って、結局は同じように明日香を拒否したに違いないのだから。


「お店6時に予約しておいたからさ。さっさといきましょ」


 そういってさやかは明日香の背中を押した。
 明日香はいつものようににこやかに笑う。
 その笑みを見て、俺も笑う。


「今日が最後だと思うと……寂しいわね」


 ぽつりと呟くさやかの声に明日香と俺は声なくうなづいた。

 そう、今日が最後。
 営業一課同期がこうして会社帰りに飲みにいくことは、もうない。

 プライベートのことなんてお互いどうでもよかったんだ。
 そんなこと知らなくたって、俺たち3人は見えない力で繋がっていたから。

 仕事仲間。
 それだけといえば、それまでだが。

 心許していた。
 俺は、確かに明日香とさやかに心を許していた。

 だからこそ、心穏やかにいることができたのだ。
 穏やかに笑っていることが出来たのだ。

 
 店に向かう途中。
 お互い、意味もなく会話をし続けた。
 寂しい、そんな気持ちを思い出さないように、と。

 明日香が笑って、俺が笑って。
 さやかが二言三言言って茶化して。

 いつもの時間を楽しむ。
 そう。
 もう、こんな時間は戻らないのだから。

 店についてからは、ビールで乾杯をして、入社してからのことを話しまくった。

 やっぱり花見の話は外せない。
 あの大きな三色団子。

 毎年明日香は買って、一番上の団子を俺にくれていた。
 それをお互い無心に食べるのが、いつもの花見だった。

 もう次の桜の花が咲き乱れる頃には、そんなことは出来ない。

 二度と、出来ないのだ。





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