ベイビー&ベイビー




「じゃ、元気でね」

「谷さんも元気で」

「もちろんよ。アンタたちがいなくなった課を盛り立てていくから」


 そういってフンといつものように鼻で笑うさやか。
 そんな様子を隣でにこやかに見つめる明日香。

 俺は、もう残り少ない時間を噛み締めるように二人を見つめる。


「拓海くんは、ロスか~。体に気をつけなさいよ? 日本に戻ったときには、ちゃんと連絡すること。いいわね?」

「はいはい」

「まったく。最後の最後までそれ?」


 さやかが怪訝そうに顔を顰めるのを見て、思わず噴出してしまった。


「わかったよ。ちゃんと連絡するから」

「わかればいいのよ、わかれば」


 素直に言った俺を見て満足したのか、さやかはうんうんと頷いた。
 と、思った瞬間。

 いつものように口元をニヤリとあげる。
 そんな笑いをしているときは、なにかがある。

 長年の勘だ。

 俺がそのさやかの笑みを見て、怪訝にしているとさやかは突然俺と明日香を置いて走り出した。


「は? ちょっと谷さん?」

「さやかちゃん!?」


 少し走った後。
 さやかは俺たちのほうを振り向いて、手を大きく振った。


「ごめん、明日香ちゃん。私、先に帰るわ」

「え?」

「拓海くん、明日香ちゃん送ってあげてよね。じゃあ~ね。また会おう!!」


 それだけ言うと、俺たちの制止を無視して人ごみの中にまぎれていってしまった。

 慌てたのは残された二人。
 俺と明日香だ。

 明日香など、オロオロして落ち着かない。
 内心、俺も明日香と同じで動揺していたが、明日香ひとり置いてなどいけない。

 俺は動揺を押し隠して、隣にいる明日香に笑いかけた。


「名物コンビと誉れ高い二人で、最後は帰ろうか?」

「拓海くん」

「最後なんだから、さ」


 俺がそういうと、明日香は一瞬泣きそうな笑みを浮かべた。
 そんな明日香の様子をあえて気がつかないフリをして明日香を促した。


「駅まで送るよ。ゆっくり行こうか」

「……うん」


 コクンと頷く明日香を見て、俺は少しだけほっとしてゆっくりと駅へと向かう道を歩く。

 お互い言葉なんてなかった。
 ただ、無言でゆっくりと駅への道を歩く。

 いろんな感情が俺を取り巻いた。

 懐かしさやら、思い出とか。

 そして、一番やっかいな感情が俺を戸惑わせた。

 愛しいという気持ち。

 そっと手を伸ばせば、明日香がすぐ傍にいる。
 ちょっと勇気をだせば、抱きしめることも出来る距離。
 
 今ならまだ。
 結婚していない今ならまだ間に合うのかもしれない。

 今しかない。
 明日香を捕まえるのは。





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