ベイビー&ベイビー
「拓海くん?」
驚く明日香をそのまま引き寄せて。
気がつけば抱きしめていた。
その華奢な体。
愛しい。
そんな感情が湧き上がるのを、無理やり押し込める。
困ったように、俺の腕の中で固まり続ける明日香に俺は願いに近い声で呟いた。
「明日香ちゃん」
「……拓海くん?」
「いつまでも笑っていて……」
「え?」
明日香の驚く声が聞こえた。
俺は、そっと腕を解いて明日香を見下ろした。
真っ赤な顔をして、俺を見上げる明日香。
その表情はどこか困惑の色が読み取れた。
「明日香ちゃんにはずっと笑っていてほしい」
「……うん」
「さようなら、明日香ちゃん」
それだけ言うと、俺は改札を通ることなく、明日香に背中を向けて走り出した。
とにかく走った。
息があがって、しかたなくガードレールに身を預けた。
「……言える筈ねぇよ」
明日香を抱きしめたとき。
俺は口走ろうとしていた。
「明日香ちゃんが好きだ」
そう言おうとしていた。
そして押し殺した感情をごまかして、口にでた言葉は先ほどのセリフだけ。
いつまでも笑っていて。
涼太郎の隣で笑っていて。
幸せな顔をして笑っていて。
それだけを祈っている。
明日香の幸せだけを祈っている。
明日香がずっといつもの笑顔で笑っていてくれさえすれば、それだけでいい。
本当は。
俺の傍で笑っていてほしい。
そんな本心は、この東京で捨てた。