ベイビー&ベイビー
第19話
   



第19話




「……その件は、前例以外の検討もしてくれ」


 電話の受話器を置いて、一息ついた。
 ふと視線を向ければ、この一年で見慣れた光景だ。

 ビルが立ち並ぶオフィス街。
 眼下をみれば、車と人があふれかえっている。

 隣のビルに夕日が映し出される。
 照り返すそのオレンジ色の光を見て思い出す。

 沢商事での日々を。

 気がつけば、ロスに来て一年が過ぎた。

 この一年はというと、仕事に明け暮れていたように思う。
 休暇をほとんどとらずに、前だけを向いて突っ走ってきた。

 日本との連絡は仕事以外はシャットアウトしている。
 それは、未練に引きずられないようにするためだ。

 だから、明日香が結婚したのかどうかも知らないままだ。

 あれからの俺はというと、日本にいたときのようにセフレなどを作ることもなく、ただ日々を仕事に費やしていた。

 真理子とは日本をたつときに会った。
 そして、最後のけじめとしてセフレ解消を言ったのだが、


「そんなこと、あの夜からわかっていたわよ」


 そういってクスクスと笑われた。
 そして、明日香への気持ちに気がついたことなんかも指摘された。


「だから言ったのに。大物逃がしたかもよって」


 そういう真理子はやっぱり真理子だった。
 何もかもを見透かしたような真理子。彼女は前からそうだった。

 真理子には以前、酒に酔った勢いで話したことがあった。

 昔の純愛のことを。
 だから、真理子には俺の考えなどお見通しなのだ。


「私、あの子猫ちゃんにあること忠告したんだけど。拓海に抱かれようとしたんでしょ? あの子はあの時覚悟を決めたのにね」


 そう意味深なことを最後に真理子は言っていた。
 何度もその理由を聞こうとしたのだが、いいようにはぐらかされてしまった。

 今更子猫ちゃんにいったことを教えたって無駄なことだもの、そういって。


「結局、あれはなんだったんだろうな」


 俺はPCを立ち上げながら、首を傾げた。
 あれから真理子とは連絡を取り合っていない。

 もう、二度と会うことはないだろう。

 眉間をギュッと押して、再び気合いをいれると秘書のリチャードが顔を顰めた。





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