ベイビー&ベイビー




「拓海。少し休暇をとったらどうだろうか? プロジェクトも落ち着いたし、少し体を休めるためにバカンスにでも」

「いや、いい」

「しかし、このままでは拓海はいつかぶっ倒れてしまう」

「そうなったらそのときだ。大丈夫、心配するなリチャード。俺はそんなに脆くはない」

「……」

「リチャード、もう今日は上がってくれていいぞ」

「拓海もあがるか?」

「いや、俺はもう少し……」


 そういってPCのキーボードに手を置くと、リチャードはマウスを取り上げ、立ち上げていた文章を勝手に保存してPCの電源を落とした。
 唖然としている俺を無理やり引っ張って部屋を出るリチャード。


「リチャード!」

「拓海は少し休んだほうがいい。今日はもう仕事も落ち着いた」

「いや、でも」

「時間をもてあましているなら、仕事じゃなくて、たまには俺に付き合え」


 そういって無理やり車に押し込められて着いた先はカルチャースクール。
 なぜにカルチャースクール?と首を傾げたが、リチャードに再び引っ張られて建物の中へと入っていく。


「リチャード。なにか習っているのか?」

「ああ。俺はちゃんと自分の心のケアはかかさないほうでね。日本の文化に触れて、精神統一する。そうすると心も落ち着く」

「……」

「拓海は日本人だというのに、和の心に触れていないなんてもったいない。今日は、拓海も心のケアをするといい」


 そして押し込められた先には、信じられない人がいた。
 その人の後姿を見ただけでドキンと胸が高鳴った。

 嘘だ、と思う気持ちと、まさかと心躍る気持ち。
 両方の気持ちが行き来していて、俺の心は今ありえないほどに乱れていた。

 そんな俺の存在にいまだ気がつかないその人は、背を向けたまま作業をしていたのを手を止めて、ゆっくりとこちらを向いた。



「リチャード。今日は生徒さん、みんな都合が悪くてお休みでね。リチャードだけ……」


 流暢な英語でそういって振り返った顔は、俺を見て驚きの顔をしていた。
 無言で立ち尽くす俺たち二人を見て、リチャードはニヤリと笑った。


「明日香。こちらは俺のボス。拓海だ。仕事ばかりしていてロスに来てから休暇をとっていない大馬鹿男だ」

「おい、リチャード。ボスに対しての口の聞き方がなっていないな」

「ふん、もう時間外だ。お前は小さい頃から知っているガキ以外のなにものでもない」


 俺の切り返しに、リチャードだって負けてはいない。
 そして、俺はリチャードに背中を押されて、明日香の前まで連れて行かれた。

 慌てふためく俺と明日香に、リチャードは訳知り顔でフフンとご機嫌に笑う。






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